経過報告 2006/3/1
大西匡哉

2月26日、夜の10時頃、うとうとしていたところママカテンベからの電話で目を覚ましました。
電話に出るとママカテンベは力ない声で、「まさや、カテンベの具合が悪いのよ。息がうまくできないの。」カテンベ本人もかすれた声で、「まさや、、、息が、、、できない、、、」と電話の向こうで苦しそうに言いました。
とりあえず「すぐ行くから、おちついて、ゆっくり息をするようにね、」と言い、千晶さんと車に乗り込み、急いで宿泊先のYMCAに向かいました。
部屋に入ると、カテンベはベットに横になり、体を震わせながら細切れに息をし、見るからに呼吸困難に陥っており、汗の滲んだ額は熱く、心臓バクバクと激しく脈打ってました。深呼吸するように言うと、2,3回はゆっくり息をしようとするのですが、その後すぐに心臓が激しく痛むようで、泣き出し、苦しそうに胸を押さえながら、また細切れの激しい呼吸に戻ってしまいます。カテンベの体は何だかパンパンで今にも破裂してしまいそうな感じでした。
急いで病院に連れて行くことし、車に乗せナイロビホスピタルに向かいました。病院に向かう途中、何度もDrムォンゲラに電話したのですが出ません。ナイロビホスピタルのゲートの前まで差し掛かったとき、ムォンゲラから電話が鳴り、状況を伝えると、先日まで入院していたM・P・SHAHホスピタルのほうがカテンベのファイルもあり、病状を把握しているので、そちらに連れていくようにと言われました。急いで方向をM・P・SHAHにかえ、人気のない真夜中のナイロビをとばしましたが、途中、ウフルパークの脇に車を止め、カテンベは激しく嘔吐しました。
M・P・SHAHに着くと、そのままICU(集中治療室)に運ばれ、何人ものナースがあわただしく動き回り、状況を説明すると、我々は外で待つように言われました。
外で待ちながら、どうしてカテンベが呼吸困難になってしまったのか、手元にあった家庭の医学を開きながら考えてみましたがサッパリ分かりません。もちろん、まだ歩き回ったりすることはできませんが、ついさっきまで椅子に座って、トランプをして遊んでいたのに、たった2,3時間で、どうしてこんなことになってしまったのか、そういえば、時々胸が痛そうなそぶりをしていましたが、まさかこんなことになるとは。ICUからはカテンベのものらしき悲鳴が聞こえ、ママカテンベは目に手を当てました。
その日は特に用事もなく、いつものように昼過ぎに昼食を持ってカテンベ達のところへ行き、夜7時頃までトランプをしたり、ラジオでターラブ(モンバサや海岸地方の流行歌)を聴きながらおしゃべりしたりしていました。ママカテンベはその日読んだスワヒリ語の民話(ずる賢いうさぎ、スングーラの話)を話して聞かせてくれました。
ナイロビは晴れたり曇ったりしていましたが、夕方にはめずらしく雨が降り出し、カラカラに乾き、埃っぽかった空気もすっかり冷まし、日が暮れると足元に冷気が忍び寄ってきました。
さすがにここナイロビ(ナイロビは標高2000m弱ある)の冷気は、熱帯のモンバサから来たママカテンベにはこたえるようで、外気がそのまま入ってくるM・P・SHAHの待合室では、両腕を抱えて震えていました。時計はすでに12時を回っていました。
しばらくするとナースの一人が、「今日はこのままICUで治療するので、入院手続きを済ませてくるように。」と言われました。ナースの話によると、血液検査の結果次第で、このまま人工透析をすると言われたのですが、透析のせいで心臓に負担がかかってるのではないかと思っていたので、さらに透析をすると聞いてビックリしました。
入院手続きを済ませたころ、時計はすでに1時を回っており、明日も仕事で5時起きの千晶さんは家に帰って行きました。
カテンベの様子を見に行くと、ICUにはほかの患者も運び込まれていて、医師やナースたちが忙しく動き回っていました。カテンベはすでに透析を始めていて、心拍計や透析の機械など様々な計器に囲まれ、口には酸素マスクをされています。そばにいくと、うっすらと目を開け、小さくコクリとうなずきました。「大丈夫、心配ないよ。」と言ってるようです。しかし本当は、何度も恐怖に押しつぶされそうになっていることだろうと思います。足の痛み、おなかや肺や心臓の痛み、頭痛や痙攣のほか、胸からチューブを通し、冷たい機械を使って血液を出し入れする恐怖。そして、死という恐怖。カテンベひとりに背負わせるにはあまりにもかわいそうです。
唇が動いたので耳を傾けると、「頭が痒いからかいてくれ」と言います。かいてやると、「もうちょっと上」とか「もうちょっと下のほう」とかいい、言われたとおりしてやると、「もう十分」といって目を閉じますが、またしばらくすると、「頭が痒い」といい、何度も何度もかいてやってるうちに眠ってしまったようです。
待合室に戻ると、深刻な面持ちで寒さに震えながら、ママカテンベが座っていました。ブイブイをまとったソマリ系の女性たちも数人いました。ママカテンベの話によると、先ほどICUに運び込まれた患者の家族の方々だそうです。その患者(男性)はキベラから運び込まれ、夜7時頃、暴漢にパンガ(なたのような大きな刃物)で顔や頭を何箇所も切りつけられ、かなり重い容態のようです。このほかにも、上の階の病棟から、危篤の老人が大きな酸素ボンベと共に目の前を通り過ぎ、ICUに運び込まれていきました。
待合室では皆口々に「神様が助けてくれるよ。」とか「神に祈るしかないね。」と声を掛け合っていました。
ママカテンベと交代でカテンベのそばに付き添うことにし、しばらくベンチで横になっていました。3時半過ぎに起こされ、つらくて見てられないというママカテンベと交代したとき、先ほどのブイブイをまとった人たちはひとりもいませんでした。
ICUに入ると、先ほどの慌ただしさがうそのようで、2人のナースが雑談してて、数人の患者がいる以外は皆いなくなっていました。カテンベはまだ透析を受続けていて、透析の機械には残り1時間46分と表示されていました。カテンベは眠っていて、様々な計器の音だけがあたりに充満していました。
しばらくするとナースが毛布を持ってきてくれて、外で休むようにと言われました。毛布を持って待合室に戻るとママカテンベが寒さに震えてちじこまっていたので。毛布を二枚ともかけてやり、自分はそれほど寒さを感じなかったのでシーツをかぶって、ベンチに再び横になりました。それから数時間が過ぎ、携帯の音で目を覚ましました。電話にでるとママカテンベに「Drムォンゲラが来てるのでICUに来て」といわれました。時刻は朝の8時ちょっと前でした。
Drムォンゲラの説明では、カテンベは肺に水がたまり呼吸困難になったそうで、週2回の透析では十分ではないので、これからは週3回透析を行なうということです。それから肺にまだすこし水が残ってるので、明日腎臓センターに来るようにとのこと。週3回というのはかなり末期の状態らしく、週3回以上の透析はできないという話も聞きました。いずれにしても、とりあえず一命は取りとめたといえましょうか。
今回のことで、カテンベは相当に危険な状態にいるのだとわかりました。一歩間違えば、そこには死が忍び寄ってきて、小さなカテンベの命をすくい取って行ってしまうところでした。しかしカテンベは踏みとどまりました。本当によく持ちこたえたと思います。なぜカテンベがこんなに苦しい思いをしなければいけないのでしょうか?カテンベが一体何をしたっていうのでしょう?こんな小さな体で巨大な死と闘っているカテンベを、なんとしても救ってやりたいです。
皆さんどうかカテンベを助けてやってください。どうかよろしくお願いします。
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by keep_music | 2006-03-02 14:29 | 経過報告
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