近況報告 2006/4/7 その2
カテンべが勉強をはじめました

早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
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カテンべの透析生活は順調ですが、週3回の透析の体への負担は大きく、体調を崩すこともしょっちゅうです。透析を受けている間に吐いたり、激しい頭痛や胸の痛み、呼吸困難などに苦しまされています。
そのせいで、4時間の透析を完了することができず、3時間ほどで中断しなければならない日も多いです。
そんなときはカテンべは落ち込みます。痛みもひどいし、涙が出てしまうほどつらいのです。
この前は、あまりにもつらいので、「もうあさっては透析に行きたくない」と言って涙をこぼしました。
それでも、がんばらなきゃと思ってカテンべはつらさに耐えています。

先日、夕食時におしゃべりをしていたときのことです。その日カテンべは饒舌で、楽しそうにユーモアをまじえながら、これまで自分が受けてきた手術のときの医者や看護婦の様子などを、ジェスチャー入りで面白おかしく語りました。
そのときの自分の不安な気持ち、麻酔をされるときの気持ち悪さ、医者や看護婦が右往左往する様子など、まるで実況中継のように表現力豊かに語ります。
透析のときのもようも、とても詳しく、実況中継してくれました。
透析をするのに上手な看護婦はいいけど、下手な看護婦にやられるとすごく痛いこと、ナイロビ腎臓センターの透析室で、10台くらいのベッドに横たわって透析を受けている「常連さん」たちの様子など。
「常連さん」たちは主におじさんたちが多く、みんな、手馴れた様子で仕事をしながら透析を受けたり、ヒマをつぶすための「お遊びセット」を持ってきていたりなど、カテンべの解説はとても面白かったです。
カテンべのように小さな子で透析を受けているのは他にいないので、おじさんたちにまざってカテンべは異色な存在です。

こんな話をひとしきり聞いてから、私はカテンべに、「カテンべは、病気のことについてほんとに詳しいよね。そして、病気のときのつらさが、誰よりもよくわかるね。カテンべのような人がお医者さんになったらいいのにね!」と言いました。
するとカテンべは、恥ずかしそうにはにかみましたが、嬉しそうにうなずいていました。
それから私はカテンべに会うたびに、「カテンべがお医者さんになってくれたら、私は、病気になったらドクターカテンべに診てもらいたいな!」と言うようになりました。そのたびにカテンべは笑います。だけど、まんざらでもない様子です。

私は、カテンべ一家のキベラプラザでの生活を見ていて、いつも、気になっていることがありました。
一日置きに透析に通うことだけが、日々の生活の中で中心になっている出来事です。
村から出てきて慣れない都会暮らしと、息子の病気への心配で、お父さんもお母さんも、ストレスでいっぱいになっています。
カテンべは、歩くことができないから、ほとんど一日中、家の中にいるしかありません。
自分のベッドに横たわっているか、居間のソファに座っているか。
匡哉がいるときは、匡哉が一緒にお絵かきをしたり、音楽を練習したりしています。
だけど、そうやってつきっきりでいる匡哉も、そのうち体調を崩してしまうのではないかと私は心配になりました。
14歳といえば、ほんとは、将来について考えはじめたり、目標や夢を持ったりしはじめるときです。思春期になって、親と一緒にいるよりも自分の世界を広げていく頃でしょう。それなのにカテンべは、5年生から学校にも行けず、将来について目標や夢を持つこともできず、ただひたすら、一日おきに透析に通うだけの毎日です。
母親とも24時間びったりと一緒にいなくてはならず、何から何まで世話をしてもらわなければなりません。これも思春期の男の子にとって、ひどいストレスに違いありません。
カテンべは極度の発育不良で体の大きさが小学校低学年くらいにしか見えません。だから、近所の子供たちも、遊びに来るのは、7歳や8歳の小さな子供たちばかりです。
だけどカテンべは14歳なんです。カテンべの精神は、思春期の男の子です。カテンべの同級生だった子供たちは、みんな、カテンべをはるかに追い越して大きくなっていきました。もう立派なお姉さん、お兄さんばかりです。カテンべだけ取り残されて、小さいままです。
こういう状況は、彼の精神にいかに負担を与えているかということが、常々、私は気になっていました。
彼も、思春期の男の子らしいことができるといいなと思います。
将来に夢や目標を持って、それに向かって前進していく時間を過ごすことは、今は歩くことができないカテンべにだってできるはずです。
そのためには、彼も、勉強ができるチャンスがあったらいいなと思いました。そして、自分よりも年上のお兄さんがいたら、いろいろな話し相手になってもらえるし、刺激を受けてよいだろうなと思いました。
そこで、カテンべに聞いてみました。
勉強することって楽しいよ。家庭教師が来てくれるようだったら、勉強してみる?そう聞いてみました。
すると、カテンべは、目を輝かせてうなずきました。「やってみたい」と言いました。

そこで、私は同じキベラプラザに住むお友達のオティエノ君に相談をしました。
オティエノ君は苦学生です。彼は小さいときに両親を亡くし、おじさんの世話になって高校までを卒業しました。今は専門学校に通いながら、おじさんの家の手伝いをしています。
カテンべの家の1階下にオティエノ君とおじさんは住んでいます。
オティエノ君に相談してみると、彼はその事情をとてもよく理解してくれました。そして、カテンべに家庭教師をしてくれることを快諾してくれました。これはとても嬉しかったです。
苦学生であるオティエノ君ですから、無償奉仕のボランティアではあまりにも悪すぎると思いました。なのでわずかでも私が出したいと思って、オティエノ君に「ざっくばらんに言って、いくらでやってくれる?」と聞いてみました。
そしたらオティエノ君は、ものすごく躊躇したすえに、「月に2000シリング(約3400円)でももらえたら嬉しいな」と言いました。
なんと! 毎日2時間づつ、教えにきてくれるというのに。これは無償のボランティアといってもいいような金額だと思います。
これは私がカテンべへのプレゼントにすることにしました。
オティエノ君に3000シリング分の教科書を見繕って買ってきてもらいました。
4年生と5年生用の算数、理科、社会、英語、スワヒリ語。と、新品の教科書とノートがそろいました。

それからカテンべは、ものすごく張り切って勉強に励んでいます。
オティエノ先生はとても熱心におしえてくれて、さらに、透析にも付き合ってくれたり、と、すごく心強い味方です。
お母さんのストレスも軽減されるようになってきたみたいです。

それから私は、カテンべに会うたびに、毎回、「勉強は、どう?」と聞きます。
カテンべは、そのたびに、ノートや教科書を見せてくれて、いろいろ解説してくれます。そうやって話しているときのカテンべは、とても生き生きしていて嬉しそうです。

カテンべがいつかほんとにお医者さんになれる日がきたら、すごいですね!
きっと、誰よりもよく、患者さんの体のことや気持ちがわかるお医者さんになれると思います。

早川千晶
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by keep_music | 2006-04-07 23:11 | 経過報告
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