近況報告 2006年6月24日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
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写真、左から、カテンベ、家庭教師のオティエノ先生、妹のメジラ


お母さんが気を失って倒れてから3日たちました。ご心配かけてすみません。目を覚ましたら「いったい何だったのだろう」と本人もよくわからないみたいです。
たくさんのヒーラーの方々が遠隔ヒーリングを送ってくださいました。心から感謝です。ありがとうございます。
家族みんなで元気にがんばれますよう、これからもどうかよろしくお願いします。

さて、今日はオティエノ先生を紹介します。
カテンベは5年生から学校に行けなくなったけど、ナイロビで闘病生活をはじめてからしばらくして、近所に住む苦学生のオティエノ君が勉強を教えに来てくれるようになりました。
オティエノは私の友達・オニャンゴの弟です。
オニャンゴも苦学生でしたが、ナクルのエガトン大学の学生時代にキベラスラムのマゴソスクール(私の学校)にボランティアで教えにきてくれていました。
彼らのお父さん、お母さんは、病気で死んでしまい、それからあとはおじさんのババデニスが学費を払ってくれて、なんとか学校に行くことができました。
オニャンゴは、親を失ってとても苦労したけど、助けてくれる人がいた。だから自分も困っている子供たちを助けたいんだ。と言って、ボランティアをしていました。
マゴソスクールの子供たちが最初に音楽活動をはじめたのは、オニャンゴが指導してくれたおかげです。
今、弟のオティエノは、ババデニスの家で居候しながら専門学校に通っています。
ババデニスの家は、カテンベの家の下にあります。
キベラプラザというアパートで、カテンベの家は4階、ババデニスの家は3階です。
オティエノ先生はババデニスと2人暮らしなので、料理の担当です。テレビでサッカーの試合がある日は、サッカーを見てからごはんを作るので、食べるのは夜の12時を過ぎてしまう(笑)
男2人暮らしなので、仕方ないですね。
ババデニスの奥さんは、エイズで亡くなりました。エイズの闘病が10年くらい、とても大変でした。彼女、メリーは私の友達でした。とても苦しんで亡くなりました。そのころケニアではまだエイズの薬はとても高くて、一か月分が普通の人の月給の何倍もするような金額でした。
ひとり息子を残して死んだので、彼女はさぞかし、心残りだったと思います。息子のデニスは、今では高校生です。デニスは、学校が休みのときは、いつもマゴソスクールに入り浸っています。(ほとんど住み込んでいるくらいです。)
ババデニスやオティエノ先生はクリスチャンだし、カテンベ一家はイスラム教徒ですが、そういう宗教の違いは関係なく、とても仲良しです。一緒にごはんを食べるとき、みんなで一緒にキリスト教のお祈りをしたり、イスラム教のお祈りをしたりして、私や匡哉も「いただきま~す」と言ったりして、みんなで食べます。
さて、オティエノ先生が家庭教師をしてくれて、カテンベは勉強をがんばっています。学校に行けなくなってからだいぶ時間がたっているので、もう一度4年生からやり直しています。
オティエノ先生はすべての教科をとても丁寧に教えてくれます。
ちょうどケニアの公立小学校では中間試験が終わったところです。この中間試験の試験用紙を、マゴソスクールからカテンベにもわけることになりました。
さあ、来週は試験だよ、と言われて、カテンベは、「おおおお!!」という顔をしました。困ったような、嬉しいような、恥ずかしいような顔でした。
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by keep_music | 2006-06-26 12:53 | 経過報告
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