近況報告 2006年7月23日 
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
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カテンベ、なんとか持ち直しました。
今日の午前中まではまだ朦朧としていたのですが、昼過ぎごろからは意識もしっかりしてきて、夜には冗談とばすくらいになりました。
今日、集中治療室から出ることもでき、リモコンでびよーんびよーんと動くベッドに寝てリモコンで遊んで喜んでいました。
昨日、キベラから献血にきてくれた仲間たちの血を輸血したのがとっても効いたようです。




お医者さんは、なんと、明日には退院していいよ、と言ってくれました。
本当にほっとしました。
それにしても、こうやって容態が急変したり、あがったりさがったりというかんじで、本当に予断を許しません。
それだけギリギリのところにいる体なのだと思います。
そして、本人の気力と生命力が、やはり驚くほどすごいのだと思います。
それでも心臓が弱りきっているということが今回のことでよくわかったし、ほんのちょっとした風邪などが命取りになりかねないということも痛感しました。
ICUでの透析のときに、腫れ上がる腕にまだ針を刺し続け、激痛に絶叫していたカテンベの姿が脳裏から離れません。
透析のためのシャントがダメージを受けたら、もう透析ができなくなってしまうので、大事にあつかわなければならないのに、経験に乏しい看護婦さんたちが無理やり針をつっこもうとするので、私たちも気が気ではありません。
やはり一日も早くインドに・・・と思います。
今日また話し合って、8月21日に出発するという予定で飛行機の予約を取ることにしました。
カテンベとも話し合いました。大人と話すのと同じつもりで、ほんとのことを真剣に話しました。
カテンベは説明をしっかり聞いて、はっきりと、「行く」と言いました。
いよいよ手術に向けて一歩を踏み出します。
インドのお医者さんにもメールで相談を入れました。8月5日にコーチンで面会してきます。
すべてうまく行きますよう、どうか祈っていてください。

カテンベの入院に付き添って、お母さんはずっと家に帰れませんでした。
妹のメジラ(3歳)は、シナモヨお姉さんと2人でお留守番でした。
メジラは前回の入院のとき、匡哉も家に帰ってこないのを知って、そのときはとても泣いたのです。
「匡哉が家で寝てくれないなんて、メジラとシナモヨと2人だけなんて、もしもサイが来たらどうするの? 匡哉が家にいなくて、誰がサイを追っ払ってくれるの?」
と言って泣きました。
近所のおばちゃんたちが来て慰めてくれました。
この前はそんなに泣いたメジラなのに、今回は、一度も泣かなかったのです。
カテンベがとても大変な状態だということがメジラなりにわかったのでしょう。
今日はICUを出て、一段落したので、メジラとシナモヨを迎えにいって病院に連れて行きました。
そうしたら、お母さんに久しぶりに会って、メジラは今回はじめて泣きました。
ずっと我慢していたのですね。

夜中に苦しくなったとき、お母さんが「匡哉に電話をして知らせよう」と言ったら、カテンベは苦しい息の下で、「絶対に電話しないで。こんなに夜遅くだとナイロビは危ない。」と言ってきかなかったそうです。
それを聞いて私たちは、「危なくなんかないから、そんなことがあったら絶対に何時でもいいから電話してよね!」と言ったのですが、それでもまだカテンベは、「いや、ナイロビの夜は危ないんだ!そんな夜中に来ちゃいけないんだ。匡哉に危ない目に合ってほしくない」と言い続けていました。

そんな気力の強いカテンベなのですが、昨日はさすがに、受け答えができないくらいに弱りきって、その様子に私はひやっとしました。
カテンベに何か話しかけると、反応がなく、様子がおかしいのです。はっとしたような顔をして、一瞬こちらを見ることもあり、だけど質問内容に答えることができません。
今日はだんだんと意識がはっきりとしてきて、午後にはもう普段のカテンベでした。(普段のカテンベは、けっこうシニカルな冗談を飛ばし、はきはきとしたしゃべり方をします。)
だけどやっぱり、どこかが麻痺してしまっているようなかんじで、体がよく動きません。何か取ろうとしても手が震えて動かなかったりします。
これもだんだん回復してくることと思います。

とにかく風邪をひかぬよう、重々注意しながらインド出発までの時間を過ごしていきます。
明日は久しぶりに家に帰り、機械音がしない部屋で、みんなでゆっくりと眠ることができるといいなと思っています。

早川千晶
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by keep_music | 2006-07-26 11:52 | 経過報告
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