2006年7月25日
カテンベが突然、重体に陥りました。

今、ナイロビ病院のICU(集中治療室)にいます。

昨日の午前中、MPシャー病院を退院することができ、キベラの自宅に戻り喜んだのもつかのまの出来事でした。
昼ごろに家に到着し、カテンベは疲労困憊しているものの、話をすることもできました。
夜8時ごろまではまだ話ができたのです。

それがその後、寝てから夜中に、カテンベがうんうんうなる声でお母さんは目が覚めたということです。
話しかけても、反応がない。
そして、体が痙攣している。
MPシャー病院に入院中も、そのような症状が出ていました。
だけどそれは一時的なショックから来ているので、ゆっくりと休んで食事に気をつけるようにすれば、だんだんと回復してくるだろうから、あまり心配しすぎないように、とお医者さんから言われて退院してきたところでした。
体を動かそうとしても痙攣する。体がビクッビクッと電気ショックのように痙攣を続けたりもしました。
血圧はほぼ正常。
朝になり、ムウォンゲラ医師に電話をかけて、相談をしました。
今日は午後1時から透析を受けることになっていたのだけれど、それよりも少し早く午前中にきなさい、と言われました。
そこで午前11時にナイロビ腎臓センターに行きました。
11時にはいると言ったにもかかわらずムウォンゲラ医師は不在で、別の医者が診察をしたところ、とりあえず様子を見ながら透析をしましょう、と言われました。
カテンベに話しかけても、彼の返事は言葉にならず、目から涙がポロポロとこほれました。
だけどこちらの言うことはわかっている様子でした。体の痙攣は続いていました。
医師は、そんなに心配しないように、と繰り返し言うので、そのまま透析をすることになりました。
涙をポロポロ流しながら、声にならない声で、カテンベは何かを訴えようとしていました。
口に耳を近づけてよく聞いてみると、「MPシャー病院に行きたくない」と言っていたのでした。
MPシャー病院のICUで、不慣れな看護婦が何度も腕に針を突き刺し、絶叫するほどの激痛に苦しまされたことが、相当なトラウマになっていたのだと思います。
透析の機械を目で追って、またおびえたような表情をして泣きました。
カテンベに、「もうMPシャー病院には行かないからね。カテンベが大好きなヴィッキーさんがここで透析をやってくれるよ」と何度も言って、安心するように言いました。
だけどこんな状態で透析をしていいものか、私たちも不安でした。それで何度もお医者さんに、「こんな状態で本当に透析をして大丈夫なのですか」と聞きました。そのたびに、「大丈夫だ。まったく問題ない。透析は今日絶対にしなければならない」と言われました。
それから透析がはじまり、3時間を経過して、透析を終えました。
その直後に、脳のCTスキャンを取りに行くように言われました。
車椅子に乗ってスキャンが取れる部屋まで行きました。
待合室で待っているとき、カテンベの容態が急変しました。
ショックの発作のような状態になり、ひどく痙攣して、意識を失いました。
すぐに車椅子から寝かせて酸素吸入をして、そのままナイロビ病院のICUに救急車で担ぎ込まれました。

ナイロビ病院のICU で、すぐに呼吸器を挿入し、機械で呼吸をするようになりました。
意識はありませんが、話しかけると手をびくっと動かしたり、目を見開いたりして反応します。
声が聞こえているのではないかと思います。
ICUの医者の説明によると、このまま薬で眠らせて、いろいろな処置をして明日の朝まで様子を見る、ということです。
腎臓専門医の主治医、ムウォンゲラ医師は、透析をして状態を改善させ、血圧を下げる処置をして、他にはできることはあまりない。あとは本人の体力と心臓がどこまで持つかということだと言います。
私は医師にしつこくつきまとって、いろいろな説明を求めましたが、医師が言うことがとてもあやふやで頼りないので、私と匡哉は大変不安になりました。
もしかしたら、これが本当にナイロビでの医療の限界ということなのかもしれないと思いました。本当に、これ以上どうしたらいいのかわからない、と医者自身が思っているようで、ムウォンゲラ医師の表情も困ったような顔になっていました。
肺に水がたまってぱんぱんになっているそうです。尿がまったく出ません。
「昨日の夜いらい、尿が出ていないので、なんとかしてください」と、私は何度も、腎臓センターで透析を受ける前に言ったのです。だけどそのときは医師は、「カテンベの場合、こうやってだんだん尿の出が悪くなり、そのうちまったく尿が出なくなるときがくる。だけど透析で余計な水分を取り出すのだから心配ないのだ。透析にまかせなさい」というようなことを言い、しつこい私にあきれたような顔で「心配するな」といい続けていました。
今日の午前中に私がカテンベの体を触ったかんじだと、なんだか体全体が腫れているし、おなかを触ったらとても痛がるので、これは何かおかしいのではないか、と私は医者に何度も言ったのです。それでも腎臓センターの医者は、「大丈夫だ」と言い、透析をするように言いました。

ナイロビ病院ICUに入ってからあと、血圧がひどく上昇しました。上が245まで上がりました。
心臓が弱っているということも言われ、肺に水がたまっているからこれが取り除かれればもっと楽になると言われました。
体の痙攣は、脳内に出血があるのか、梗塞があるのか、ということかもしれないので、それを確認するために脳のスキャンをとると言われました。
そして今日はそのあと、また透析をすると。
「本当に大丈夫なのですか」と何度も聞きましたが、医者は、大丈夫だ。肺の水を取るためには透析をするしかない。と繰り返します。

今までカテンベは、透析を本当につらいと言っていましたが、それでもつらい透析に耐えてきました。
あんなにいやだった透析を、今また意識がないカテンベの体にやらなければいけない。
たまらない気持ちになりました。

呼吸器をつけたカテンベは、薬で眠らされているけれど、目がずっと半分開いていました。
手を握って、体をさすって話しかけて、お母さんと匡哉と私とで、がんばれ、がんばれと言うと、手がぴくっと動きました。
そして、目から涙がポロリポロリとこぼれ落ちました。
お母さんが、「私の子よ、今までずっとがんばってきたのだから、心を強く持ちなさい。神様がそばにいるから。お母さんも匡哉も千晶もそばにいるから」
と、ずっと耳元で話しかけていました。


今日のところは医者は、脳のCTスキャンを見なければこれ以上のことは何も言えない、と言いました。
明日、スキャンの結果と血液検査の結果をもとに、どんな状態なのかを説明してくれるということです。
困った顔をしていたムウォンゲラ医師も、それでも絶対あきらめていない、と言いました。できるだけのことはすべてやると言いました。
そして、なんとしてでもインドに渡航できる状態まで持っていく、と言いました。
絶対に希望を捨てずに、祈り続けるしかありません。

カテンベの体からは、必死でがんばっていることがひしひしと伝わってきています。
どうか皆さん、カテンベのために祈ってください。お願いします。
カテンベを支えてください。

8月21日のインド行きの飛行機の予約が取れ、航空会社の医師との連絡も取り始めたところです。
インド行きのために必要なお金を基金からドルに換金し、今週末にナイロビに向かう友人に持ってきてもらうようにお願いをして、その手配もはじまったところでした。
今日は急なことでICUに緊急入院し、そのデポジットがなんと60万シリング(約100万円)かかるとのことです。
今日あった持ち合わせの11万シリングをとりあえず支払いました。
MPシャー病院はカテンベは前回の入院でトラウマができてしまったことと、腎臓センターとナイロビ病院は隣接していて今日のような状態だとMPシャー病院まで運ぶのが間に合わなかったことで、急きょ、ナイロビ病院に入院することになりました。
ナイロビ病院は東アフリカで最高の病院です。その分、コストも最も高いです。それでもナイロビ病院以上にできる病院はないので、ここでそのままがんばろうということになりました。
今月に入って2回の入院、しかも先週はICUに入院のせいで、医療費がかさみ、基金の残金が減っています。
それでもインドに渡航するためにギリギリの分は残っていると思っていました。
ところが今回またICUへの入院。インドに渡航するためにギリギリだった資金を使わねばなりません。
どうかお願いします。カテンベを支えてください。
これからナイロビ病院で状態を回復させ、無事インドに渡航できるよう、支えてください。
インドに行けば、ナイロビよりももっと方法があるはずだと思うのです。
ここではもう、医師もこれ以上どうしたらいいかわからないという様子なのです。ムウォンゲラ医師自身も、絶対にインドに行かせたいと言っています。
どうかなにとぞよろしくお願いいたします。

カテンベの魂に届くように祈ってください。私もカテンベの耳元で励ましの言葉をかけ続けます。
元気になって大好きなミリティーニ村に帰ろうね。みんな待ってるよ。みんなカテンベのために祈ってるよ。
手術して元気になったら、何でも食べれるし好きなだけ走り回れるよ。
そうしたら、もう苦しい透析もしなくてもいいんだよ。
絶対元気になれるからね。私はカテンベが元気になると信じてるよ。いつもそばにいるからね。一緒にがんばろうね。


早川千晶
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by keep_music | 2006-07-26 12:09 | 経過報告
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