2006年7月27日
カテンベが危機を脱しました!

奇跡です。
脳内の出血もありません。心臓も力強く働いています。
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7月28日早朝のカテンベ。意識が戻り、危険を脱してすぐの写真。まだ意識はもうろうとしているが、前日とは顔つきがまったく変わった。最もシリアスなときは、つらすぎて写真を撮ることができませんでした。

昨日、私は今日になったらカテンベが絶対に目を覚ますという確信がありました。
だから今日の朝は、朝一番でカテンベに会いに行くことを決めて、朝7時には病院に到着するよう、匡哉と両親を迎えに行き、病院に行きました。



すると!
ICUでカテンベは、目を開いて、しっかりと私たちを見たのです。
血圧も安定。血圧検査の結果も、とても改善されました。
カテンベ、わかる?聞こえる?と話しかけると、しっかりとうなずきました。
よかった! これでもう大丈夫だ、危険は脱したと、お医者さんも言いました。
早朝には呼吸させる機械をはずし、酸素吸入の管はまだ挿入したままではあるけれど、自力での呼吸に切り替えられました。
私たちはその様子を見て確実な希望を実感しました。
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ICUでのカテンベ。機械ではなく、自力で呼吸しはじめたとき。

それからお母さんをICUに残し、匡哉とお父さんはパスポートの申請のために役所に行き、私はキベラへの訪問者を案内するため病院を離れました。
私は今日は、キベラに21名のお客さんが来て、その案内をすることになっていました。
こんなときだからこそ、ますますしっかりとそういう役割を果たさなければならないと思って、カテンベに「行ってくるね」と言ったら、カテンベはしっかりうなずきました。そしてキベラに向かいました。
今日のキベラ訪問者は、古い友人である京大の水野さんとその学生たち、ストリートチルドレンのための活動をしているNGOを運営されている松下照美さんとドキュメンタリー映画を製作されている小林さんと吉田さん、施設をやっている荒川さんとボランティアの皆さん、日本からの医大生たちとその先生方、そしてナイロビ大学留学生の島田君でした。
マゴソスクールで、マシモニユースグループの面々とマゴソの子供たちが待っていました。
お客さんも入れると、総勢200名ほどが集まりました。
みんなでカテンベのためにお祈りをしようということになりました。
ジョンがお祈りをリードしました。子供たちもお客さんもみんな、手を合わせました。
ジョンのお祈りはとても長く、温かく、優しい、心がこもったお祈りでした。
先生たちや子供たちは泣いていました。私も涙がこぼれました。
夕方、私はこの日日本から到着したかわらちゃんと、ナイロビ大学留学生の島田君と共に病院に戻りました。
かわらちゃんは、5月に日本で行ったカテンベ街頭募金のためにわざわざ仙台まで来てくれたり、東京でのイベントを主催してくれたりした人です。
カテンベは、集中治療室と普通病棟の間にあたるHDUに移されていました。
病室に一歩足を踏み入れた私の目に、なんと、カテンベの笑顔が飛び込んできました。
酸素の管もはずれて、酸素マスクに変わっていました。
カテンベが笑顔で、そして、私にはっきりとした声で、挨拶をしました。
このときの感動を、なんと表現したらいいのかわかりません。
今日は、私のこれまでの人生で最大の感動を得た日でした。
カテンベ、カテンベと声をかけて、もうあとは声になりませんでした。大声をあげて泣きたいくらいでした。涙が出て出て止まりません。
見事に、カテンベは死のふちから戻ってきました。
私はわぁわぁと泣きました。神様本当にありがとう、ありがとうと何度言っても足りないくらいの気持ちでした。
「なんで泣いているの?」とカテンベが聞きます。
お母さんが、「人間は嬉しいときも泣くんだよ」と言いました。
カテンベは、朝目が覚めたけれど、まだ意識ははっきりしていず、午後になってだんだんとはっきりしてきたそうです。
今日1日走り回って、見事、緊急扱いでパスポートの申請手続きを完了させてきた匡哉は、私が到着するよりちょっと前に病室にたどり着き、よみがえったカテンベとの再会を果たしたそうです。カテンベはいろいろおしゃべりをして、そして、「千晶がきたら、きっと、ぴょんぴょん飛んで喜ぶよ」と言ったそうです。
お父さん、お母さんもみんな笑顔。
夜にはジュースを飲んで、流動食の管をはずしました。
めきめき復活していきます。
心臓の専門医の先生がきてくださり、お話を伺いました。
先生の話によると、もう心配ない、このままどんどん状態が良くなっていくはずだ、8月21日にインドに渡航できる状態に持っていけるはずだ、と言いました。
心臓は、高血圧に対応するために厚くなっているものの、最悪に弱っている状態ではないと言ってもらいました。ものすごくほっとしました。
あとは、インドに渡航する日まで入院し続けて、ひたすら状態の改善につとめていけば、飛行機に乗ることは問題ない状態になれるだろうと言われました。
ただし、付き添いの看護婦が絶対に必要だそうです。(緊急セットを持参して、一緒に飛行機に乗ってくれるそうです。)
この看護婦さん同行の費用がかかりますし、看護婦さんの航空券も手配せねばなりません。
これもすぐに手配することにしました。


今日、カテンベの笑顔のおかげで、流れが完全に変わったのを感じています。
昨日が瀬戸際だったのだと思います。
峠を乗り越えました。
今は、カテンベ、私、匡哉、両親、お医者さんたちなど、すべての人が一丸となって、無事インドに渡航できるように完全に団結しました。
匡哉がカテンベと丁寧に話をしました。つらい透析も入院も、すべて、カテンベが元気になるための手術を受ける準備なのだから、とにかくがんばって乗り切ろう、ということについて、カテンベに話すと、カテンベはとてもよく理解しました。
絶対にがんばろう!と、みんなで話し合いました。

とにかくカテンベを支えるために、ナイロビ病院での8月21日までの入院のための資金が必要ですし、インド渡航とインドでの病院代にもまだまだ不安があります。スパートかけていきたいと思います。ケニア側でもがんばってハランベー呼びかけをしていきます。日本の皆さん、どうかお願いです。これからもカテンベを支えてください。どうかよろしくお願いします! 
今回、生と死の境をうろうろしていたカテンベに付き添い、本当に多くのことを教えられました。
そして、この子の、生に向けての強い意志をつくづく感じました。
危篤に陥った一昨日から昨日にかけて、カテンベはまったく意識がなく、目が覚めた今、そのときのことを一切覚えていないと言っていました。
だけど、意識が無い中でもカテンベは、私たちの呼びかけに対して、しっかりと反応し、うなずいてすらいたのです。
昨日は、カテンベの体に手を当てたとき、私は確信しました。この子は、全力をかけて生きようとしている、ということです。
すぐそばで、カテンベの魂からの声が聞こえるような気がしたほどです。
カテンベには、この状況も、回りの状況も、よく見えているような気がしました。
私の気のせいかと思っていたら、夜に話をしたときに匡哉もまったく同じことを言っていました。

リリアンも、両親も、「奇跡だ!」という言葉を連発していました。
お医者さんも、本当に危なかったと言いました。
だけどこの修羅場を乗り切ったカテンベは、必ずインドに渡航できるし、手術も必ず成功すると私は信じています。
カテンベにそう言うと、ものすごくしっかりとうなずき、意気込みをあらわしました。

カテンベは、今回こそ自分はほんとに死にかけたけど、そこからよみがえってくることができたということを実感しているようです。
今日のカテンベの笑顔はすばらしかったです。
これからの彼には、今までよりもっと大きな力が与えられるような気がします。
私が送ったレポートを読んでくださり、遠隔ヒーリングや祈りパワーを送ってくださった方々がたくさんいらっしゃいました。
こういう真心からの力に、カテンベは支えられてよみがえることができたのだと思います。心からお礼申し上げます。
これからもよろしくお願いします!

実は私の親友、ママウレの母親がナイロビ病院に入院していました。今日、カテンベがICUを出るのと入れ違いに、そのお母さんがICUに移されました。そしてまもなく、息を引き取りました。ママウレは母親の死を悲しみながらも、カテンベの回復ぶりをとても喜んでくれました。ママウレはすごい人です。悲しみの中でも、カテンベのために祈ってくださいました。
ママウレのお母さんのご冥福を心からお祈りして、お母さんが美しい光の中につつまれていることを祈りたいと思います。

さて、グッドニュースです。
これからカテンベ出発までの間、ナイロビ在住のゆかさんと、ナイロビ大学留学生の島田君が私たちを助けてくれることになりました。
島田君は以前、知り合いを通じてキベラに来てくれたことがありましたが、今回、カテンベのことを知らないままに偶然、私に電話をかけてきてくれて、大学が終了したので、何か手伝えることがあれば手伝わせて欲しいと言ってきてくれたのです。そこで、カテンベのことを手伝って欲しいと言ったら、快く承諾してくれました。今日はカテンベにも会い、両親にも会いました。ゆかさんは以前からキベラのことをいろいろ手伝ってくれている友人で、彼女にも相談してみたところ、すぐに病院に駆けつけてくれました。
特に私たちが最も心配していた、私と匡哉がピースボートに乗船するために不在になる8月4日から14日までの間、島田君とゆかさんがカテンベと両親の様子を見て、必要に応じて手助けをしてくれることになり、本当にほっとしました。
こういうときだからこそ、ますますしっかりとがんばらねばならないと思うのです。
ピースボートでは私はキベラのことやカテンベのことなどをお話してきます。匡哉はミリティーニのマテラさんやバーティと共にタイコを叩きます。
インドのコーチンからモンバサまでの間、海の上になりますが、メールだけは見ることができます。
だから島田君に、カテンベの様子をメールで連絡してくれるよう頼んでいくつもりです。
このブログへの報告も、島田君にお願いしたいです。
どうか皆さんよろしくお願いします。

それからもうひとつグッドニュースです。


コーチンから車で3時間のところにお住まいの出家されている日本人の方から、ご連絡をいただきました。
お手伝いしてくださるかもしれないということです。
ものすごく心強いです。

苦闘の末、目の前の扉が開いて、目の前に道が開けたように感じます。
すごく力が湧いてきました。
カテンベの底力と生命力の強さは、はかりしれません。
これからも絶対に希望を失わず、信じ続けてがんばっていきます。
皆さん一緒に進んでいきましょう。どうかよろしくお願いします。

今日は大変な喜びを感じさせていただいた日でした。
今日のことを、私は一生忘れません。
皆さん本当に心から感謝いたします。
本当に本当にありがとうございます。
これからもどうか力をください。よろしくお願いします。

早川千晶
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by keep_music | 2006-07-28 12:34
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