2006 年11月2日 手術後8日目  
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
基金口座振込み先
UPEPOアフリカの風ネットワーク

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手術後8日目のカテンベ。チャイを飲んでいるところ。



昨日(11月1日)、カテンベのお母さんが退院しました。順調に回復しています。



昨夜はカテンベひとりの病室になり寂しく思ったのか、カテンベは匡哉に、「泊まっていきなよ~」としきりに言っていました。

カテンベはもりもり元気を増しています。水分は1日3リットルくらい取っています。「どんどん飲まなきゃ!」と張り切って飲んでいます。

パワー全開でのおしゃべりが止まりません。カテンベはとても利発で気が強く、ユーモアと毒舌がすばらしいのです。私たちはいつもカテンベの「へらず口」に笑いころげています。

元気があふれて、目をくりくりさせたいたずら小僧ぶりを発揮しています。

それでも歩く足取りはまだおぼつかないので、「歩くとまだ足元がフラフラするんだよなぁ。早くライオンのように走り回りたいのに!」と言っていました。

だけど、たくさん飲んでたくさんおしっこしているので、「おしっこの勢いは、まるで象のようだね」と言ったら、大うけしていました。どんどん飲んで、どんどんおしっこして、どんどん体の中がきれいになる!と、まさに、目の前でめきめきと音を立てて活性化しているのがわかります。
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カテンベ、村の家族と電話で話をしているところ。とっても嬉しそう。


今日は、透析仲間のおじさんが腎臓移植手術を受けました。成功したらしい!とカテンベは喜んでいました。みんな元気になってほしいです。

カテンベの病室は4階、ルワンダ人のクレア(21歳)の病室は1階です。2人はまだ会ったことがないけれども、私がデジカメでカテンベの写真を撮ってクレアに見せ、クレアも写真に撮ってカテンベに見せて、お互いの近況を報告しています。2人は会ったことはなくても、すでに友達です。私たちは毎日、4階と1階を行ったりきたりしています。

これから腎臓移植手術を受けるクレアは、カテンベがどんどん元気になっている様子にとても励まされているようです。

ここ数日、クレアからいろいろな話を聞きました。ルワンダからやってきた当日はかなり衰弱しきった様子だったクレアも、何度かの透析を経て、少しづつですが元気が出てきました。毎日会いに行っているうちに、クレアはいろんなことを話してくれています。

彼女は両親とも死んでしまっていないという。3つ上のお姉さん、1つ下の妹と3人姉妹だそうです。20歳の妹がドナーになって腎臓移植手術を受けることになっているけれど、妹はまだナイロビに到着していません。

誰が手術費用や渡航費を助けてくれているの?と聞いたところ、クレアは自分の身の上について話してくれました。

彼女の両親は虐殺されました。クレアが7歳、姉が10歳のときです。先に父親が、そしてその5日後に母親が殺されたそうです。姉はその虐殺のもようをはっきりと記憶しているのだそうです。クレアはまだ小さかったけど、母親の顔や姿を覚えていると言っていました。両親とも殺されてからあと、子供3人で隠れていたところ、助け出してくれる人がいて、イタリア人が運営しているカトリックの孤児院に連れていかれました。その孤児院には、4000人もの虐殺孤児がいました。クレアたちはそこで生活しながら学校に通いました。姉が結婚して、姉妹3人で孤児院を出ましたが、学費の支援は継続されたそうです。高校生になってからクレアが発病。高校の最終学年でついに学校を続けることができなくなりました。ルワンダの病院では、最初、腎臓病だとわからず、どんどん具合が悪くなっていきました。腎臓病だということがわかり、腹膜透析をはじめますが、感染症にかかり、状態が非常に悪くなりました。

ルワンダ政府は、虐殺の被害にあった子供たち(虐殺の年と、それよりも以前に生まれた子供たち)に対して、医療費のサポートを行うシステムがあるのだそうで、外国までの渡航費を自分で捻出した人には、外国での医療費を負担してくれるのだということです。それで、カテンベより先に手術を受けたジェニアちゃんの場合も、飛行機代だけ自分たちで捻出し、ケニアでの医療費はすべてルワンダ政府に負担してもらっているそうです。

クレアの場合は、姉夫婦もとても貧しく、飛行機代はとても捻出できないと思っていたところ、ファージという団体の支援を受けることができ、飛行機代を出してもらうことができたとのこと。

クレアは、高校を終えることができなかったことがとても残念で、早く元気になって学校に戻り、大学に進学して、医者になりたい、と言っています。「病気に苦しむ人々を助けたいの」と。

クレアはたどたどしいけれどスワヒリ語を話すので、どこで勉強したの?と聞いたところ、習ったことはなく、学校にタンザニアから来た子供たちがいて、その子たちが話すスワヒリ語を聞いて耳で覚えたのだと言っていました。

以上の話を、クレアは淡々と語りましたが、そのあまりの壮絶な内容に絶句してしまいました。だけどクレアは「絶対に神様が助けてくれると信じている」と言います。絶対に元気になって医者になるんだ、と、目を輝かせていました。

カテンベの病室に行ってから、クレアの話をしました。カテンベは、「ホテル・ルワンダ」を見たのでルワンダの虐殺について知っていました。仲良しのジェニアちゃんは、虐殺のときに赤ん坊でした。毎日カテンベのお見舞いに来てくれるジェニアちゃん親子は、虐殺のときにずっと逃げていたのだそうです。

ジェニアちゃんとクレアは、ルワンダ政府から医療費を助けてもらっているけれど、手術後の薬代に関しては、3か月分までしか支援されないそうです。そのあとは自費でまかなうように言われているということです。これから一生飲み続けなければならない高価な薬、それをこの子たちは得ることができるのだろうか、と、それがとても気がかりです。ジェニアちゃんの実家はコンゴ国境付近でかなりの奥地です。早く元気になって家に帰りたい、と言っているけれど、帰ったあと彼女たちはどうなるのだろう。

とても気がかりだけれども、だけど今は、命を取りとめた奇跡に、喜びでいっぱいのキラキラした時間を、親子ともどもしみじみと抱きしめている毎日です。まさに、今の一瞬一瞬が、本当に貴重なのですね。

この人々すべてに、たくさんの幸運と奇跡がありますように、これからの人生が幸福と喜びで満ちていますように、と、心から祈ってやみません。

クレアは、キベラのマゴソスクールのことにとても興味を示したので、写真を見せながら説明をしました。「どうやって運営しているの?お金はどうしているの?」と聞くので、CD制作のことや、私が記事を書いたり講演をしたりした収益を使っていることなどを話したら、これにとても熱心な興味を示しました。

「私のことも書いて欲しい! そして知って欲しい。写真撮って。そして皆さんにこんにちはと伝えてください」とクレアが言いました。

なので今日は、クレアのこんな個人的な内容ですが、クレアの意志にしたがって書かせていただきました。写真も添えます。クレアが望んだとおり、彼女の今このときの笑顔に出会ってください。
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ルワンダ人のクレアちゃん

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by keep_music | 2006-11-04 01:57 | 経過報告
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