カテンベ救済の呼びかけ
カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって

大西匡哉


f0077583_13291117.jpgカテンベはケニアに住む14歳の男の子です。
生まれつき腎臓に障害があって、体重は24kgまでにしか成長していません。
2003年までは学校にも通っていましたが、通学が困難になり、5年生で休学。その後様々な検査を受けるも病状は進行していき、2005年6月に腎臓の一部摘出手術を行なう。術後、一時回復したかに見えたがやがて再発、さらに悪化し、2006年2月、顔や足がむくみ、歩くことも、立ち上がることも、食べることもできなくなり、ナイロビの腎臓専門医の元に連れてきました。医者の話によると、もっと早くに適切な手術を受けていれば、腎臓病になることもなく元気に成長していたとのこと。カテンベが住んでいるモンバサには正しい診断ができる医者がいなかったため、適切な処置をされることなく14年間もの病気に蝕まれる時間を与えてしまっていたのです。
助かる方法は2つ、高額な人口透析療法を週二回ずつ一生受け続けるか、両親どちらかの健康な腎臓を移植するかです。そこで、カテンベの腎臓移植基金を立ち上げ、みんなで協力してカテンベを救いたいと思います。


アフリカで太鼓や音楽を学ぼうとおもい、ケニアでの生活を始めてもうすぐ2年になります。
初めは村の広場の隅にテントを張っていたのが、今では親代わりであり、師匠でもあるムゼーマテラの家の一部屋に住まわしてもらっています。はじめは言葉も解らず、食、文化の違いに苦労もしましたが、日々日常の生活や村での様々な行事(冠婚葬祭や憑依儀礼など)を通じて言葉や文化を学び、人々がどんな風に助け合いながら生きているかを知りました。
ナイロビやモンバサなど都市や町での暮らしとは違い、村には電気やガスはもちろんなく、水でさえ近所の水道から毎日買って(20リットルのポリタンク1個で約2円)何往復もしなければなりません。しかも多くの村人はたいした収入源もなく、道端で揚げパンを売ったり、牧を集めて売ったりしながら日々細々と暮らしているので、時には一日に口にする食べ物がほんのわずかなウガリ(東アフリカの主食)だけということもあります。特に乾期が長引いたりすると、食料の備蓄もそこをつき、マラリヤなどの発生率も高くなるので、厳しい生活が強いられます。
マラリヤはハマダラ蚊を媒介にした熱帯病で、感染すると発熱、頭痛といった風邪のような症状から嘔吐、痙攣などを引き起こし、ひどいものだとわずか数日で死に至りますが、普通はインジェクションと抗生物質で治せる病気です。
去る2004年の12月、クリスマスの2週間ほどまえ、いつも暮らしているミリティーニを離れ、数日別の村で過ごしていたとき、ミリティーニでザイナブという名前の8歳の女の子が急性マラリアで亡くなったという連絡が入りました。村を離れてわずか2,3日のことで、それまでほかの子供たちと元気に遊んでいる姿を見ていたのでとてもショックを受けました。髪をモミアゲまできれいに編みこんだ味噌っ歯のちいさなザイナブは、親戚のいるミリティーニに学校が年末休みの間預けられていていました。発熱して寝込んだとき、病院に連れて行くお金がその家にはなかったので、痛み止めを飲ませて様子を見ている間に、あっという間に悪化し死んでしまったそうです。
マラリヤの治療にかかる費用は、血液検査とインジェクションと薬代で大体500から800シル、約1000円ぐらいのものです。いつも村の人が病気で困っていると、薬代をカンパしたり病院に連れて行ったりしていたので、自分が村を離れていなければ近くの診療所に連れて行くことができたのにと思うと、なんとも悔しくて今でもいたたまれない思いがします。
このことがきっかにもなって、すばらしい音楽や文化を通じて彼らの生活を少しでもサポートできないものかと考え、ナイロビのキベラスラムや、マサイの村でコミュニティーサポート活動を個人でやっている早川千晶さんとともにJIWE を設立しました。
これまでに2枚のCDを制作、販売し、少しずつ貢献し始めています。
さて、ミリティーニにはたくさんの子供たちがいますが、その中に一人特に体の弱い男の子がいます。カテンベという名前の14歳のその子は病気のために発育が遅れ、わずか5,6歳ぐらいの大きさにしか成長していません。腎臓に障害持って生まれてきたカテンベは、3歳のときすでに右側の腎臓が死に、残されたもう一方の腎臓の機能もどんどん低下していきましたが、いままでろくな治療を施されてこなかったにもかかわらず、どうにかこうにか生きてきました。
腎臓は体液の水分や電解質を調整し、血液中の老廃物を尿にして排泄するとても大切な臓器ですが、カテンベの病気は腎臓と膀胱をつなぐ尿管が生まれつき閉じてしまっているため、腎臓から尿が正しく排泄されず、老廃物がたまり腎炎を起こし、血液中の老廃物も蓄積し、さらに心臓にも負担がかかっています。また血液中の栄養バランスが崩れるため体の発育が遅れ、特に骨が未発達で体重はわずか24kgしかありません。
それでも初めて会ったころはゆっくりとですがまだ歩くこともできていましたが、しかし病状は徐々に悪化していました。
去年の年末からキベラのマゴソスクールで次のアルバムのレコーディングを始めていたので、ナイロビにいることが多くなり、年が明けてからも編集などの作業に忙しく、なかなか村の様子を見に行けないでいました。
村ではキベラから11人の子供たちを引き取って、村の子達と一緒に勉強や生活をともにし、村のコミュニティーの中で一緒に育てようというプロジェクト「ジュンバラワトト(子供たちの家)」をはじめていました。
さらに1月にはいってから2度もバクテリアに感染し、40度の高熱を出して寝込んだりしていため作業が遅れ、やっと仕事がひと段落したのは2月にはいってからでした。
ギターやベースを重ね生まれ変わった音源を子供たちに聴かせようと思い、編集済の曲を数曲CDRに焼いて村に帰りました。
ジュンバラワトトにいくと、カテンベがソファに座っていました。ほかの子供たちは学校に行っています。カテンベは顔がむくみ目はうつろ、まったく元気がない様子でした。カテンベのママはジュンバラワトトのお手伝いをしていて、その日もお昼の仕度をしながら、カテンベの様子を話してくれました。話を聞くうちに、これはひょっとしたらまずいかもしれないと思いました。カテンベは足が痛くて歩くどころか立ち上がることもできず、食事ものどを通らない程弱っていたのです。
カテンベは強い子です。小さな体でゆっくりとしか歩けなくても、意思のしっかりとした目と口元に笑みを浮かべ、「大丈夫だよ、心配ない。」といつも答えていました。が、今ではうつろな目から涙をぽろぽろ落としています。
ナイロビの千晶さんに連絡するとすぐに翌日の飛行機を手配してくれました。モンバサにはまともな医者がいないので、ナイロビにある腎臓センターで診てもらうことにしたのです。
翌朝夜明け前にタクシーで空港に向かい、カテンベを抱きかかえて飛行機に乗り込みました。
腎臓センターのドクタームォンゲラはとても良心的ないい先生です。カテンベの病気はもっと早く見つけて尿管を開く簡単な手術をしていれば、腎臓病に侵されることもなく、すくすく育ち、今頃は元気にサッカーでもしていたはずだといいます。14年間もこんな状態でいたなんて、モンバサの医者は何をやっていたんだと嘆いてもいました。そして、カテンベが助かる方法は2つあるといいました。
ひとつは腎臓移植。両親どちらかの健康な腎臓をひとつカテンベに移植するのです。腎臓は左右2つあり健康であればどちらかひとつなくてもまったく支障ないそうです。そして適正テストなど事前にやるべきことをして条件がそろえば、成功する確率はほぼ100%に近いそうです。
もうひとつは人工透析。カテンベの血液を人工腎臓に通し、血液中の有害物質を取り除く方法です。これをやればすぐにでも体力が回復するそうですが、腎臓そのものは回復しないので、高額な人工透析を一生続けなければならなりません。
できれば腎臓移植をさせたいのですが、これにも莫大な費用がかかります。でもそれでカテンベの命が助かるのならば、みんなで協力してどうにかその費用を集めたいと思いました。もしこのまま何もしないでいたら、3ヶ月と持たないでしょう。
そしてここに、カテンベ腎臓移植基金を設立します。
移植手術にかかる費用は訳500万円です。
少しでも多くの人が協力してくれれば何とかならない金額じゃないと思います。
ケニアではこうやってみんなでお金お集めることをハランベーといいます。ハランベーで建てた学校もたくさんあるそうです。カテンベの命を救うハランベーに是非協力してください。また、身近な周りの人たちにも協力を呼びかけてください。
一人1万円ずつでも500人集まれば、ひとり1000円ずつだって5000人集まれば、小さなカテンベは生き延びることができるのです。
それぞれのできる範囲で良いのでどうか協力してください。そしてみんなでカテンベの命を助けよう!

郵便局普通口座 アマニヤアフリカ
口座番号 02280 7 65465


振込み用紙の通信欄に「カテンベの腎臓移植基金」と書いてください。それからケニアから振込みの確認ができないので、できれば振込み後、振込み額と名前(個人または団体名)をメールで連絡していただけるとありがたいです。
keep_music@hotmail.com
UPEPOアフリカの風ネットワーク
JIWEホームページ
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by keep_music | 2006-02-23 15:27 | 基金の設立にあたって
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