カテゴリ:経過報告( 53 )
カテンベの写真
手術前と後のカテンベの写真です。

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手術前1

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手術前2

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手術後ICUで目覚めたカテンベ。左手の親指に注目

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部屋から出て廊下を歩くカテンベ

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外に出てくつろぐ父さん母さん

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by keep_music | 2006-10-31 13:26 | 経過報告
2006年10月29日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
基金口座振込み先
UPEPOアフリカの風ネットワーク


今日は4日目。なんと、カテンベが歩きました。
部屋から廊下に出て、エレベーターのところまで。
どんどん元気になっています。
おしっこもたくさん出て、ほんとに順調です。
ムウォンゲラ先生が来て、ものすごく嬉しそうだったそうです。
「水もジュースも、どんどん飲みなさい」と言ったそうです。
今までずいぶんと水分制限をしてきたので、どんどん飲んでいいということがカテンベもとっても嬉しいはずです。
カテンベより先に腎臓移植手術を受けたルワンダ人のジェニアちゃんとお母さんも、毎日お見舞いにきてくれています。
透析仲間のケニア人のおじさんも、カテンベの様子をのぞきにきてくれて、順調な様子にとても嬉しそうでした。
ナイロビ病院にお友達がたくさんできたので、ジェニアちゃんとお母さんはカテンベのお見舞いに来るついでに知っている人のところすべてを回って挨拶していきます。
ルワンダから、またひとり、腎不全の女の子がやってきました。クレアちゃん(21歳)は両親の両方とも亡くなってしまったそうで、たったひとりでナイロビ病院に運ばれてきて、寝たきりの状態で透析治療をはじめました。ひとりで言葉も通じない外国の病院にやってきて、どんなに心細いことでしょう。みんなで励ましています。
ルワンダ人のジェニアちゃんは、カテンベと同じ15歳ですが、突然腎不全に陥り、地元の病院に4ヶ月、キガリの病院に2ヵ月半入院したすえにナイロビ病院にやってきて3ヶ月になります。お母さんは、突然病気になって衰弱しつづけていたジェニアちゃんがどんな様子だったかということを話してくれました。「どうしたらいいのかと途方に暮れていたけれど、こんなに元気になってくれた。神様はすごいね!」と言っていました。
ジェニアちゃんは、新しくやってきたクレアちゃんのことを何かとこまごまと気を使ってお世話しています。
腎臓病に関しては慣れたものなので、ジェニアちゃんは頼りになる存在です。
「ジェニアちゃんのような人が看護婦さんになったら、きっととても良い仕事ができるね!」と言ったら、ジェニアちゃんもお母さんも嬉しそうに笑っていました。
ジェニアちゃんたちは、ルワンダとコンゴの国境付近の村からやってきました。いつか遊びに行きたいと思います。
カテンベもジェニアちゃんも元気になって、これから幸せな人生が待っていますように、と祈らずにはいられません。
明日はキベラのマゴソスクールで、新しいCD「ミレレ」の完成版をみんなで聞いて、子供たちにこれまでの経過報告をする会を催します。カテンベのことを話すのも楽しみです。
このマゴソスクールの新作CD「ミレレ」には、カテンベの歌も1曲入っていて、売り上げの10%はカテンベ基金に寄付されます。闘病のさなかに録音したカテンベの歌声は、澄み切っていてとても胸を打ちます。
マゴソスクールの子供たちも、カテンベ応援団の仲間です。
明日はどんな一日になるか、とても楽しみです。
一日一日がこんなに楽しくて喜びに満ちているということ、本当にありがとう。
早川千晶
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by keep_music | 2006-10-31 13:00 | 経過報告
カテンベ手術大成功!!
大西匡哉

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
基金口座振込み先
UPEPOアフリカの風ネットワーク


カテンベの移植手術大成功でした!!
ママカテンベからもらった新しい腎臓はカテンベの体の中でしっかり働いています。
昨日は6リットルも尿が出たそうです。
術後の経過もとても順調です。
ママカテンベは早くも立ち上がって歩きはじめています。
まだ傷口はかなり傷むようですが、とても穏やかな表情で周囲の人々に感謝を述べる姿はまるで観音様のようでした。

カテンベもママカテンベも手術前からとても希望に満ちた様子で、一切迷いの無い顔をしていました。
驚いたのは、手術をする前から全てうまくいくという大きな安心感にあたりが包まれていて、何か目に見えない大きな力に支えられているような感じをとても強烈に受けました。
おそらく手術の成功を願う多くの人達の想いが、大きな力となってその場を満たしていたのだろうと思います。

手術から一日たった今日は、ICUからレディマクミラン病棟に移されました。これから一週間面会謝絶で、すごすことになります。
拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を使用していて、外からの感染症にかかりやすくなっているので、一週間僕達は小さな小窓から覗くことしか出来ません。
順調に行けば、ママカテンベは一週間後、カテンベも二週間後には退院できるそうです。
まだまだ安心は出来ませんが、手術を無事に終えて本当にうれしく思います。
協力してくれた全ての存在に心から感謝いたします。
ありがとうございました。

大西匡哉
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by keep_music | 2006-10-31 12:54 | 経過報告
2006年10月27日 早川千晶
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
基金口座振込み先
UPEPOアフリカの風ネットワーク

手術後1日たったカテンベとお母さんの様子をご報告します。

今日もまた朝早く匡哉と共に病院に行きました。まずはカテンベ。ほんとによくおしっこが出たようです。ムウォンゲラ先生は嬉しそうに、「なんとすでに6リットルものおしっこが出ているよ」と言いました。「お母さんの腎臓は、もう確実にカテンベの体の一部になったね」という言葉に感動がこみあげました。おしっこの量で腎臓の働きぶりが具体的にイメージできて、よけいに感動しました。臓器とは、本当にすごいものですね。「6リットルおしっこが出たよ」という言葉を聞いて、嬉しくて泣き合ったり、手を取り合って飛び跳ねたりしている自分たちの姿は、よく考えてみるとなかなか笑えます。

カテンベはまだぐったりとしているけれど、私たちに手を振ってくれました。

次にお母さんに会いに行きました。お母さんの部屋をのぞくと、ベッドに誰もいない。なんと、カテンベ会いたさに、ひとりで歩いてICU(集中治療室)まで行っていたのでした。もう歩けるほどになったのか、と、びっくりしました。お母さんはとても落ち着いていてすごい体力です。それと顔がまるで菩薩のように慈愛に満ちた静かな表情になっていて、これにも驚きました。お母さんに、「カテンベはミラクル・ボーイだとみんなで話しているけど、あなたはまさにミラクル・マザーだね」と言ったところ、お母さんは笑って、こう言いました。

「人間が生まれる日と死ぬ日はひとつだけ。決められた日があるんだよ。その決められた日に到達していなければ、どんな目にあっても必ず息を吹き返してこの世に戻ってくる。決められた日がやってきたら、どんなことをしても死ぬんだよ。私は、これまでの人生で身の回りに大変な重病人と死んでいく人々を見てきたから、そういう真実がはっきりとわかる。だからね、その決められた日が来たから死んだとしても、それは嘆かなくていい。

決められた日まで、ひたすら精一杯生きる。それだけだよ。」

ああ、そうなんだ。この話を聞いていて涙がこぼれました。

私は、これからのカテンベの人生はどうなっていくのだろう、(これでどのくらい生きられるのだろう)、ということを、ふっと考えると不安になるときがあり、それであわてて不安を打ち消して、考えないようにしていました。調べていたら、腎臓移植後に何年間生きた例だとか、移植後10年間生きたけど癌になって亡くなったという例を聞いたりすると、胸が痛くてたまらなくなったりします。カテンベは今15歳です。5年で20歳、10年で25歳、15年で30歳・・・と数えはじめると、ため息が出てきます。元気になって走り回れるのがとても楽しみで、だけどそれと同時に、「でもまた腎臓が機能停止したとしたら・・・どうしよう・・・」と思うと、涙が出てしまっていました。

だけど、今日のお母さんの言葉は、生と死の境をくぐりぬけてきた経験があるからこそ言える深い真実に満ちた言葉でした。誰にでも決められた日があり、その日が来たら死ぬ。それまでの日々を、ひたすら精一杯、一生懸命生きるのみ。それがいかに尊いことか。

あと何年生きられるのだろうか、ということを、今心配しても仕方がありません。

いや、そんなことは考えても意味がない、と思いました。

カテンベが元気になって、学校も出て、仕事について、恋をして結婚して、子供もできて・・・そんな頃に15歳の自分がみんなと共にくぐりぬけた闘いを思い出して、カテンベはどんなふうにそれを自分の子供たちに話すのだろうね!と、その姿を想像しながら話をして、みんなで笑いました。

さて、昼ごろになるとお母さんもカテンベもどんどん元気になってきました。お昼ごろにカテンベがICUを出て一般病棟の個室に移動しました。そしてまもなくお母さんも、カテンベと同じ部屋に入れてもらうことができました。この個室は、これから1週間の間、できるだけ外部との接触を避けるようにしなくてはならず、(感染を防ぐため)、1週間は私たちは中に入ることができません。しかし、小さな丸いガラス窓がついているので、そこからのぞけば中が見えます。拒絶反応を抑えるために、大量の免疫抑制剤が投与されますので、感染は命取りになってしまいます。

お母さんと一緒の部屋にいられれば、おしゃべりをして気もまぎれるので、同じ部屋に移動できて本当によかったです。

今日の最後には、カテンベは普通にご飯を食べれるまでになりました。

私たちがのぞいている小さな丸いガラス窓に向かって、元気に手を振っていました。

新しい人生の2日目がこうして過ぎていきました。一瞬一瞬、一日一日がこんなに輝いているということを、あらためて知りました。カテンベを中心にして、たくさん、たくさんの笑顔が咲いています。見るものすべてがキラキラと輝いて見えるようで、不思議ですね。

早川千晶
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by keep_music | 2006-10-31 12:53 | 経過報告
2006年10月26日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
基金口座振込み先
UPEPOアフリカの風ネットワーク



カテンベの手術、成功しました!

お母さん、カテンベともに、元気です。


カテンベの体に移動したお母さんの腎臓は、カテンベの体に入ったとたん、すぐに働き始め、すごい勢いで尿を放出しています。

皆さん、ありがとう、ありがとう、ありがとう!


今日の朝6時に病院に行くと、カテンベはとてもすっきりとした表情で、笑っていました。さぁ、これから手術に向かうぞ!と、迷いや恐れのみじんもない、とても美しい表情でした。

お母さんも、とても堂々とした美しい表情で、笑っていました。

私たちは、静かに語り合いながら、手術室に向かう時間を待ちました。

朝7時半過ぎにお母さんが手術室に入り、それから間もなくしてカテンベも。

手術室の扉の向こうに運ばれていくカテンベは、笑顔で、私たちに手を振りました。

7名のお医者さんたちのチームが中に入り、予定より少し遅れて午前9時に手術開始。

私たちは手術室の扉の外で、心静かに待ちました。

誰も言葉を発することもなく、静かな時間が過ぎました。

午前11時。主治医のムウォンゲラ先生が扉から出てきました。

もっと時間がかかるかと思っていたので、思いがけない早さに驚きました。

ムウォンゲラ先生はまっすぐに私たちのもとにやってきて、こう言いました。

「成功です。お母さんの腎臓は、カテンベの体に入ってすぐに働き始め、どんどん尿が出ています。まだ処置に少し時間がかかりますが、心配ありません。しばらくしたらこの扉から出てきますよ」

ムウォンゲラ先生は、興奮を抑えきれないようなはればれとした表情をしていました。これまで見たことのない先生の表情でした。

私たちは、しばらくの間、まったく言葉を発することができませんでした。しばらく、身動きすることもできなかった。あまりにも強い感動が押し寄せてきたとき、言葉すら出てこないのだということを私ははじめて知りました。

声にならない言葉で、ただひたすら、ありがとう、ありがとう、ありがとう!と、その一言だけが繰り返し突き上げてきました。

それから約1時間後に、お母さんが扉から運ばれてきました。

そしてそれからまたしばらくしてカテンベが。

お母さんは目をあけて私たちを見て、かすかにほほえみました。

お母さんの顔の美しかったこと。お母さんの目に涙が浮かんでいました。息子の命を助けたいという一心で、手術の恐怖を乗り越えたお母さんに、あらためて、心からの尊敬の念がこみ上げました。

カテンベはすぐにICUに運ばれました。経過は良好。管につながっている袋に、どんどん尿が流れ込んでいきます。まるで奇跡を見るような想いで、私たちはそれを見つめました。

それから夜までの間に、時間をかけて、お母さんとカテンベはだんだんと目覚めていきました。意識がだんだんはっきりしてきたところで、お母さんが最初に発した言葉は、「ありがとう、感謝します」という言葉でした。麻酔から目覚めていくにしたがって、お母さんにはひどい痛みが襲ってきたようですが、その痛みに耐えながらも、とてもはっきりと、微笑みながらお母さんは「ありがとう」と言いました。これで息子の命が助かると、自信に満ちた母親の神々しい表情でした。

カテンベが目覚めるにはまだしばらく時間がかかりました。ガラス張りの部屋で、私たちは中に入ることができませんが、ガラス越しにカテンベを見守っていました。

そして目を開けたカテンベ。大きく目を見開いて、びっくりするほどとても澄んだ目で私たちを見ました。だけど次の瞬間には、また睡魔に引き込まれていきました。

カテンベは眠り続けましたが、その表情はとても静かで、こんこんと気持ちよく眠り続けているというかんじでした。

数時間後には、カテンベは時おり目を見開いては、ゆっくりと私たちに向かって手を振るようなしぐさをするようになりました。

午後7時にはだいぶしっかりした表情になってきて、ガラス越しに私たちが声をかけると、それに答えてうなずいたり、微笑んだりするようになりました。



今日という日は、私は、自分のこれまでの人生において最大の感動をいただいた日でした。

お母さんの体から取り出された腎臓が、カテンベの体に入ってすぐに働きはじめ、尿がどんどん放出されていくさまを、まるで奇跡のように見つめました。生命とは、なんと偉大な奇跡なのかと。思い知らされました。

すべての人々が心を合わせて、一体となって、みんなで大きな山を乗り越えたという確かな実感がこみあげてきました。ケニアで、日本で、そして世界のあちこちで、祈っていてくれた皆さん、本当にありがとう!感謝と喜びでいっぱいです。



これから、注意深く経過を見守っていかねばなりませんし、拒絶反応なども乗り越えていかねばなりません。まだまだ奮闘は続いていきます、が、この大切な一歩を、多くの人々と共に踏み出すことができたこと、心から感謝申し上げます。

厚く高くそびえたっていた強固な壁を打破して、新しい場所に出たような、そんな気持ちです。その壁の向こうには、またさらなる道が延々と伸びています。どうか、この道をさらに共に歩んでいけるよう、力をください。

「生きたいから、がんばるんだ!」というカテンベのまっすぐな気持ち、そして、体を張って息子を助けようとしたお母さんの愛情。それに共鳴してカテンベを支えるために集まってきてくれた人々。

ありがとうございます。本当にすごい光に触れさせていただきました。

うまく言葉になりませんが、心の奥底からの感謝をこめて、このご報告を送らせていただきます。すべてに、本当にありがとう。

早川千晶
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by keep_music | 2006-10-27 09:12 | 経過報告
近況報告2006年10月25日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
基金口座振込み先
UPEPOアフリカの風ネットワーク


いよいよ、これから7時間後に手術です。


今日は最後の透析でした。カテンベは準備万端! 手術に向けての意気込みもバッチリです。
カテンベのお父さん、マテラさんの息子のカリンガも、村からナイロビに到着しました。
腎臓提供者であるお母さんも入院しました。
今日は朝からキベラのマゴソスクールでは1時間かけての長いお祈りをしました。

9月に腎臓移植の手術を受けた、ルワンダ人のジェニアちゃん(ずっとカテンベの隣のベッドだった)と腎臓を提供したお母さんも応援に駆けつけてくれました。

手術が成功したジェニアちゃんは、とても血色よく、見違えるように生き生きとした表情をしていました。彼女はこれからあともうひとつ、心臓の手術が残っています。

今日はカテンベとジェニアちゃんとで話が盛り上がっていました。元気になって、何でも食べれるようになったよ!という話にカテンベは目を輝かせて、元気になったらあれもこれもやるんだ!と、たくさん夢を語りました。

もう二度と透析はしないんだ!元気になったら村に戻って学校に行くんだ!タイコも叩ける、歌も歌える、踊りも踊るぞ!サッカーもするぞ!走り回るぞ!バナナも、チップスも、スクマも、なんでも食べれるぞ!元気な腎臓でおしっこもたくさん出るんだ!と、カテンベはすごい勢いでしゃべりまくり、大声で笑いました。

そんな話のひとつひとつに、元気になったカテンベの姿が目に浮かんでくるようでした。

手術に向けて、輸血用の血液が必要なため、みんなで献血しました。

それからあと、夜までみんなでカテンベのベッドを囲んで、楽しい話をたくさんしました。

ひっきりなしに、病院の看護婦さんたちや、スタッフの方々がやってきて、励ましの声をかけてくれました。とても温かかったです。

「カテンベ、あなたは必ず元気になるからね。手術は必ず成功するからね。私たちはみんな祈っているけれど、あなたの心が一番あなたを助けてくれるよ。強い心を持って、強く信じるのよ。」

婦長さんがとても愛情あふれる声で、話しかけてくれました。カテンベは真剣な表情で、うなずきながら聞いていました。

さぁ、今日はカテンベはゆっくり寝なければ、と、立ち去る前に、リリアンとオティエノ先生がカテンベのベッドにひざまづいて、ルオ語でとても長いお祈りをしてくれました。

みんなで目をつぶって、心をひとつにしてお祈りをしました。

リリアンの祈りの声は涙声で、とても深い慈愛に満ちていました。

お母さんも、ひとかけらの曇りもない、とても落ちついた表情になっています。

カテンベの表情はとても力強く、さぁ、やるぞ!という心意気に満ちています。

このように最高の状態で手術にのぞめること、すべての皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

いよいよです。私たちは早朝からずっと付き添います。どうか祈っていてください。

早川千晶
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by keep_music | 2006-10-26 14:18 | 経過報告
近況報告2006年10月24日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
基金口座振込み先
UPEPOアフリカの風ネットワーク

1ヶ月の日本ツアーを終えて、ケニアに帰ってきました。

今回の日本ツアーでは、カテンベ救済への呼びかけもさせていただきながら日本各地を回りました。ご協力くださいましたすべての皆さんに心から感謝です。そして、一緒にツアーの全行程を回ってくれた近藤ヒロミさん、横浜でのハランベーライブを主催してくださったきむくんと横浜ハランベの皆さん、チャリティで出演してくださったアーティストの皆さんやスタッフの皆さん。街頭募金に一緒に立って声をからして泣きながら呼びかけてくれたみんな。イベント会場でチャリティグッズの販売を手伝ってくれたみんな。カテンベ募金の日本窓口を引き受けてくれている上に、今回の日本ツアーでも車の運転から物販から何から何まで手伝ってくれた輝君。車を貸してくれたり、寝床を提供してくれたりしてくれたみんな。ほんとに名前をあげていたらきりがないくらい、たくさんのたくさんの皆さんに助けていただきました。心から感謝です!ほんとにほんとにありがとうございました。

今回の日本ツアーで集まったカテンベ募金の合計は 
788,389円 と US$ 300 と 1796ksh
ポストカードやキーホルダーなど、チャリティグッズの売り上げは 179,400円

この全部の合計は、
967,789円 と US$ 300 と 1796ksh

となりました。
本当にありがとうございました。

この大切なお金を持って、私は10月20日にケニアに帰ってきました。
その他、通常のカテンベ基金の日本窓口、アマニ・ヤ・アフリカのほうに振込みいただいていた分も含めて、近日中に最新の会計報告をブログにUPしたいと思います。

10月23日(月)に、匡哉と緊張しながらこの大切なお金をケニアシリングに両替しに行き、病院に手術費用のデポジットの払い込みをしてきました。すべてのお金を合わせて、ギリギリ、手術費用のデポジットに間に合いました。本当にギリギリでした。間髪セーフというかんじです。本当に皆さんのおかげです! これで何とか、10月26日(木)に腎臓移植手術を受けることができます。

この手術のあと、カテンベは一生、拒絶反応を抑える薬を飲み続けなければならないし、一生を通じて医療費がかかります。これまでの入院費の未払い分があと30万シリング(約50万円)残っており、これを支払わないと退院をすることができないため、このお金もこれから何とかしなくてはならないのですが、とにかく急を要するのは手術費用でした。とにかく10月26日に手術を受けるための費用の支払いを間に合わせることができて、本当によかったです。今はひたすら、手術の成功に向けて気持ちを集中させたいと思います。そのあとのことは、追い追い考えていきたいと思います。

カテンベは、匡哉と私がいない間のこの1ヶ月を、本当によくがんばって乗り切りました。とても寂しかったと思うけれど、私たちがなぜ日本に行くか、その意味も彼はとてもよく理解していました。だから寂しくても弱音を吐かずにがんばっていました。私たちが留守中には、ナイロビに留学中の広永智子ちゃんが毎日のように遊びに行ってくれて、カテンベを励ましてくれました。智ちゃんに感謝です! 

私たちが留守をしていた一ヶ月の間に、カテンベはとても体力をつけていました。運動もがんばっていたみたいです。風邪をひかないように細心の注意を払い、栄養をつけて、体操しながら手術に備えてがんばっていてくれました。今ではゆっくりだったら階段を上り下りすることもできるようになりました。昨日は匡哉を車椅子に乗せて、それを押して、あっち行ったりこっち行ったりして笑っていました。

昨日、病院で匡哉とカテンベと私とでぼーっとしているとき、カテンベが、「10月に手術をして良くなるのだと神様が言ったんだ。だから僕は手術は10月になると知っていたんだ」と突然、言いました。「10月じゃなきゃダメだったんだ。それより早くても無理だったんだ」と言います。

実際、7月のはじめから体調を崩して危険な状態になり、その後、8月、9月とずっと体力が回復せず、血液検査の数値も悪くて心配していました。今、見違えるようにパワーアップしたカテンベの姿を見て、これが手術の時期としてはベストのときだと確信しました。3ヶ月の入院生活はつらかったと思うけど、手術のためにベストのコンディションに持っていくことができてほんとによかったです。

お母さんも、とても落ち着いた精神状態で、良い笑顔を見せています。今日はラマダン明けのお祝いの日ですので、そのお祝いをしてから手術にのぞめてよかったです。

さぁ、いよいよ手術だ!と、カテンベは指折り数えています。
「手術まで、あと何日。」というかんじで。やる気まんまん、です。
がんばるぞ!という意気込みが、カテンベの笑顔から伝わってきます。これは絶対に成功すると私は信じています。

10月26日木曜日のナイロビ時間午前8時に手術開始です。私たちはその日、午前7時にカテンベに会わせてもらい、それからカテンベとお母さんは手術室に向かいます。ナイロビ時間午前8時は、日本時間の午後2時です。どうか皆さん、祈っていてください。

どうかよろしくお願いします。

カテンベが元気に走り回れる日が来ますように! みんなで心に思い描いて、力を送ってください! よろしくお願いします!

早川千晶
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by keep_music | 2006-10-26 14:15 | 経過報告
近況報告2006年9月23日
皆様はじめまして。ナイロビに留学に来ている学生で、廣永智子と申します。
早川千晶さんと大西匡哉さんが日本ツアーへ行っている1ヶ月間、ブログを担当させて頂く事になりました。拙い文章ですが、カテンベ君の様子を報告したいと思います。宜しくお願い致します。
先日カテンベ君に会いにナイロビ病院へ行って来ました。私のスワヒリ語の授業が始まって間もなくの事だったので、これからちゃんと意志疎通ができるのか心配で緊張していました。それとは打って変わってカテンベ君は終始落ち着いた様子で、徐々に緊張もほぐれていき楽しい話をいっぱい聞かせてくれました。
私は2人が日本へ行ってから淋しかったので、カテンベ君は淋しくないの?と尋ねました。すると「僕は大丈夫。淋しいけど、1ヶ月すれば帰ってくるから。」と言って、逆に励まされてしまいました。それでもンゴマの話をしている時「匡哉は太鼓もできるし、踊りも踊れるんだよ。」と匡哉さんの話を出すカテンベ君の嬉しそうな顔を見ていると、1ヶ月後が更に待ち遠しく感じました。
また「千晶さんもカテンベ君の事が心配だと思うから、たまにカテンベ君の様子をメールするね。だから何か千晶さんにメッセージがある時はメールで伝えるから言ってね。」と言うと、「僕は元気だから心配しないでねって伝えて。」と言っていました。カテンベ君は本当に人の事を第一に考えているように感じました。
この日私は何度asante(ありがとう)と言ったか分かりません。
私はスワヒリ語を始めたばかりで相当下手なので、これから1ヶ月間は毎日カテンベ君がカテンベ先生となり教えてもらうことになりました。「カテンベ君は医者になりたいって聞いたけど本当?」と言うと、はにかんで「うん」と言っていたので、「じゃあドクターカテンベでムワリム(先生)カテンベだね!」と言うとまたはにかむ笑顔がとても印象的でした。千晶さんも言われていましたが、カテンベ君が医者になったら本当に患者さんの気持ちを考えられるお医者さんになるんでしょうね。
色々な話をしましたが、この日の会話はミリティーニ村の事がほとんどでした。村の話をする時のカテンベ君の顔は生き生きとしていて、早くミリティーニ村に帰って家族やみんなに囲まれて、ンゴマを踊って、勉強をして、、と願わずにはいられません。

廣永智子
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by keep_music | 2006-09-24 22:13 | 経過報告
近況報告2006年9月4日
大西匡哉

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
基金口座振込み先
UPEPOアフリカの風ネットワーク

ナイロビ病院に入院して一ヶ月以上たちました。
7月25日にICUに救急車で運び込まれたときはもうどうなるかと思いましたが、カテンベは元気を取り戻しています。
ナイロビ病院での生活をカテンベはとても楽しんでいるようです。

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by keep_music | 2006-09-04 15:24 | 経過報告
近況報告(カテンベの村での家族会議2)2006年8月27日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先
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カテンベの家には人があふれかえっていた。

(2からの続き)

近親者の話し合いが終わって翌日。朝早くから儀式の準備がはじまりました。これはカテンベの父親が主催する儀式です。お父さんの話によると、こうです。

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by keep_music | 2006-08-29 13:56 | 経過報告