カテゴリ:経過報告( 53 )
近況報告(カテンベの村での家族会議1)2006年8月27日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

8月24日、25日の2日間で、カテンベの故郷のミリティーニ村に行ってきました。

もともと、インドに出発する前にカテンベに1泊だけでも里帰りさせてあげたいと計画したミリティーニ行きだったのですが、その後、前回の報告に書いたようにお母さんの状態が悪くなり、緊急に家族に話をする必要が生じましたので、家族会議をすることが村訪問の第一の目的となりました。カテンベは1泊だけナイロビ病院から外出許可をもらい、ナイロビ病院からの往復となりました。カテンベには長距離バスで行く体力はないので、飛行機でナイロビからモンバサを往復しました。透析をしてから出発し、帰ってきたらまたすぐに透析をする、ということで、1泊ならば大丈夫だろうとムウォンゲラ医師から許可が出ました。

続きを読む
[PR]
by keep_music | 2006-08-29 13:31 | 経過報告
近況報告
ナイロビに暑い日差しが戻ってきました。しばらく曇りがちな天気で寒かったのです
が、昨日今日はむしろ暑くて半袖じゃなければ歩けないほど。それでも冬です。

8月14日、月曜の昼カテンベに会いにいきました。ここのところ自分の帰国準備や
ら帰国後にやらなければならないことの手続きに追われ顔を出せずにいました。

部屋に着くと、ゆかさんとママカテンベがカテンベのベッドの脇に座っていました。

皆と握手をして僕もカテンベの脇に椅子を置き二人と同じように座りました。カテン
ベはしばらく僕が来ていなかったので、千晶さんや正哉さんのいるモンバサに行って
いるじゃないかと言っていたとゆかさんから教えてもらいました。

カテンベはとても元気でした。

しかし、ママカテンベはちょっと疲れているように見えました。話を聞いてみると、
今日の透析は午前9時半から行ったそうです。透析はカテンベも疲れるけど、それを
見守る家族、とくにお母さんも大変です。ここナイロビ病院では、きっとミスはない
だろうけど、それでも自分の子どもが機械にいっぱいの管でつながれているのを見る
のは・・・。

カテンベの家族が住んでいるキベラからナイロビ病院までは、バスで20分くらい、
スムーズに行けばですが。朝の透析に間に合うように来るには渋滞も考えて早めに出
なければならないはずです。

ゆかさんと僕が話している間に、ママカテンベは疲れてベッドに肘をつきながら眠っ
ていました。

カテンベの闘病生活を見て、大変なのはカテンベだけじゃない、特にお母さんこそ一
番戦っているのではないかと感じます。

移植までもう少し!ママカテンベ応援してます!

そうそう、今日はパパのほうはビザを取りに行っていて不在でした。インドへの出発
に向けて着々とことは進んでいるようです。

明日には千晶さんもナイロビに戻ってくる予定です。
[PR]
by keep_music | 2006-08-18 13:29 | 経過報告
近況報告
今日(8月7日月曜)、夕方ナイロビ病院には冗談を飛ばすカテンベの姿がありまし
た。

午後5時過ぎ、カテンベの病室に着いたら、透析を行っているためベッドにはカテン
ベの姿はありませんでした。普段は午後1時頃から透析を開始し、3時間半くらいか
かります。だから5時ごろには居るのです。どうしたのかなとちょっと不安になりま
したが、単に透析の時間がいつもより遅く始まっただけでした(^^;)

透析を行う場所はカテンベの病室より離れたICU病棟の一角にあります。その待合室
に行ったところ、パパカテンベがいました。金曜の夜にモンバサに帰り、日曜の夜に
またナイロビに向けて出発したそうです。僕が着いた時には、椅子の上でこっくり
こっくり居眠りをしていました。

挨拶を交わし、しばらくすると、ママカテンベも綺麗なブイブイ(ムスリムの女性が
来ている黒い服です)と共に治療部屋から出てきました。

カテンベも車椅子に乗り、看護婦さんに押されて出てきました。病室に着き、ベッド
に乗るまでほんの数歩ですが、歩きます。しかし、ゆっくりと全身を庇う様に運ぶ足
取りはすごく痛そう。

透析を終えたばかりで、疲れが見えます。普段は「ウメチョカ?(疲れた?)」と聞
いても「ハパナ(いや、大丈夫)」とか「バド(まだ平気)」と返事をくれるカテン
ベですが、さすがに透析直後はぐったりとして頷くだけ。

そりゃそうです。変な機械につながれ、体内の血液を長時間に渡って浄化するのです
から。

病室に戻りしばらくしたら、ゆかさんも来てくれました。スワヒリ語の本を持って来
てくれました。カテンベも退屈をしのげそうです。

しかしながら、透析を終えたにも関わらず、今日のカテンベはいつもより元気でし
た。それは、お父さんが帰ってきて、ゆかさんも来て嬉しかったんだと思います。い
つも以上に冗談を飛ばし僕らを笑わせてくれます。

元気なのが一番ですね!

島田健太郎
[PR]
by keep_music | 2006-08-10 12:37 | 経過報告
はじめまして。
はじめまして。ナイロビ大に交換留学している島田といいます。早川さんと大西さん
がいない間、微力ながらカテンベチームのお手伝いをさせて頂いてます。

8月4日にお二人が出発されて、カテンベのお父さんもモンバサに帰り、僕がそのその
日の夕方の面会に行ったときには、お母さんも既に面会を終えキベラの家に帰った後
でした。カテンベは一人でした

大きな病室に他の子ども達もいて、テレビもあるのですが、やはりちょっと寂しそう
でした。実はこの日僕の携帯が盗まれ、事後処理に終われて病室に到着したのは、午
後6時頃。息を切らしてカテンベに会いに行ったところ、彼は椅子に座ってテレビを
見ていました。

一目元気そうな姿を見て安心しました。エクササイズも順調にやっていて、食事も
ちゃんととれていてようで、元気に挨拶してくれました。

僕の様子がおかしいことに気づき

『どうしたの?』と。

『実は携帯を盗まれて。。。』と話すと、

『ポレ、サナ(それは気の毒に)』

としきりに慰めてくれます。

ありがとう、とお礼を言い、片言ながら勉強中のスワヒリ語で会話。やはりうまく会
話が通じないので、もっと勉強せねばと決意しました。

テレビから流れる音楽を聞きながらリズムをとったりフレーズを口ずさむ様子は、日
本の中高生、ケニアの高校生と変わらないなと実感します。でも、やっぱり一人で病
室にずっと居ると気分的にも病人になってしまいそう。

そう感じます。だからできるだけ一緒に話したりする時間を持てるよう頑張っていき
たいと思います。

島田健太郎
[PR]
by keep_music | 2006-08-07 23:01 | 経過報告
2006年7月29日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

カテンベが、なんと、今日は10歩くらいですが歩きました。一歩一歩踏みしめるように、両側を支えられながらゆっくりと歩きました。
リハビリの先生も来てくださって、体操を指導してくださっています。
カテンベはインド行きに向けてがんばりたいという意気込みをみせています。寝たまま足を動かしたりする体操をがんばっています。
夜行バスで匡哉がミリティーニ村に向かいました。ピースボート準備のためです。カテンベの様子が落ち着いたので、夜行で行って夜行で帰ってくるという強行軍ですが、今のうちに行ってこようということになりました。
夜行バスに乗るため、夜8時半くらいまで病院にいたのですが、カテンベは、「ナイロビの街は危ないから、早く行って」と何度も言いました。
私にも、「もう今日は早く帰って、少しは休んで。」と言うのです。
すぐにそうやって私たちを気遣うことばかり彼は言います。とても思いやりのある子です。
今日はHDUから小児病棟に移ることができました。カテンベがさびしくないように大部屋のほうがいいと思い、8人の子供たちのベッドが並んでいる大部屋にしました。
たぶん15歳のカテンベが最年長だけれど、カテンベはとてもちっちゃいので、小さな子供のように扱われないかとちょっと心配だったのですが、小児病棟のナースの皆さんはとても優しく、丁寧にカテンベに接してくれるのでありがたいです。
体はちっちゃくてもカテンベはとてもしっかりしていて、大人っぽい子です。看護婦さんの質問にも、しっかりと答えていました。
5歳くらいの女の子が、見舞いの家族たちに囲まれてお人形を抱いて過ごしていましたが、面会時間が終わって家族のみんなが帰るとき、ベッドからずっと手を振って見送って、姿が見えなくなる直前に大きな声で「バイバイ!」と言って、それからあと家族の姿が見えなくなったら、急に指しゃぶりをはじめて泣いていました。
向かい側にいる12歳くらいの男の子もカテンベと同じく、「ベッドで安静」というふだがぶらさがっていて、10歩くらいしか歩けないようでした。
みんな何の病気なのかな・・・みんな早く良くなるといいね・・・ とカテンベと話しました。
これからインドに行くまで、さらに3週間の入院になります。家庭教師のオティエノ先生には病院まで来ていただいてちょっとづつまた授業を再開していただくことにしました。
もしもナイロビにいらっしゃる方で、カテンベを見舞ってくださる方がいたら、ぜひ寄ってあげてください。
ナイロビ病院のSt.Mary Ward です。
Juma Hamisi Katembe と言っていただければわかると思います。
面会時間は、お昼の時間(11時半から1時)と、午後4時から午後7時半までです。
どうかこれからもよろしくお願いいたします。

早川千晶
[PR]
by keep_music | 2006-08-01 14:15 | 経過報告
2006年7月29日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

カテンベ、完全に復活しました。
今日は酸素マスクの向こうからも、かわいい冗談を飛ばしまくり。みんなで涙が出るほど大笑いしました。
今日また透析を行いましたが、針を刺すのも問題なく成功し、透析も3時間、順調に終えることができました。
透析後、リリアンがカテンベに、「どう?疲れた?」と聞いたところ、

続きを読む
[PR]
by keep_music | 2006-08-01 14:09 | 経過報告
2006年7月26日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

カテンベは今日も意識が戻りませんでした。だけど昨日より反応があります。今まだナイロビ病院のICUです。だけど絶対に回復すると信じています。カテンベの耳元で話しかけると、必死で目を開こうと反応しているのがわかります。

続きを読む
[PR]
by keep_music | 2006-07-27 13:30 | 経過報告
2006年7月25日
カテンベが突然、重体に陥りました。

今、ナイロビ病院のICU(集中治療室)にいます。

昨日の午前中、MPシャー病院を退院することができ、キベラの自宅に戻り喜んだのもつかのまの出来事でした。
昼ごろに家に到着し、カテンベは疲労困憊しているものの、話をすることもできました。
夜8時ごろまではまだ話ができたのです。

それがその後、寝てから夜中に、カテンベがうんうんうなる声でお母さんは目が覚めたということです。
話しかけても、反応がない。
そして、体が痙攣している。
MPシャー病院に入院中も、そのような症状が出ていました。
だけどそれは一時的なショックから来ているので、ゆっくりと休んで食事に気をつけるようにすれば、だんだんと回復してくるだろうから、あまり心配しすぎないように、とお医者さんから言われて退院してきたところでした。
体を動かそうとしても痙攣する。体がビクッビクッと電気ショックのように痙攣を続けたりもしました。
血圧はほぼ正常。
朝になり、ムウォンゲラ医師に電話をかけて、相談をしました。
今日は午後1時から透析を受けることになっていたのだけれど、それよりも少し早く午前中にきなさい、と言われました。
そこで午前11時にナイロビ腎臓センターに行きました。
11時にはいると言ったにもかかわらずムウォンゲラ医師は不在で、別の医者が診察をしたところ、とりあえず様子を見ながら透析をしましょう、と言われました。
カテンベに話しかけても、彼の返事は言葉にならず、目から涙がポロポロとこほれました。
だけどこちらの言うことはわかっている様子でした。体の痙攣は続いていました。
医師は、そんなに心配しないように、と繰り返し言うので、そのまま透析をすることになりました。
涙をポロポロ流しながら、声にならない声で、カテンベは何かを訴えようとしていました。
口に耳を近づけてよく聞いてみると、「MPシャー病院に行きたくない」と言っていたのでした。
MPシャー病院のICUで、不慣れな看護婦が何度も腕に針を突き刺し、絶叫するほどの激痛に苦しまされたことが、相当なトラウマになっていたのだと思います。
透析の機械を目で追って、またおびえたような表情をして泣きました。
カテンベに、「もうMPシャー病院には行かないからね。カテンベが大好きなヴィッキーさんがここで透析をやってくれるよ」と何度も言って、安心するように言いました。
だけどこんな状態で透析をしていいものか、私たちも不安でした。それで何度もお医者さんに、「こんな状態で本当に透析をして大丈夫なのですか」と聞きました。そのたびに、「大丈夫だ。まったく問題ない。透析は今日絶対にしなければならない」と言われました。
それから透析がはじまり、3時間を経過して、透析を終えました。
その直後に、脳のCTスキャンを取りに行くように言われました。
車椅子に乗ってスキャンが取れる部屋まで行きました。
待合室で待っているとき、カテンベの容態が急変しました。
ショックの発作のような状態になり、ひどく痙攣して、意識を失いました。
すぐに車椅子から寝かせて酸素吸入をして、そのままナイロビ病院のICUに救急車で担ぎ込まれました。

ナイロビ病院のICU で、すぐに呼吸器を挿入し、機械で呼吸をするようになりました。
意識はありませんが、話しかけると手をびくっと動かしたり、目を見開いたりして反応します。
声が聞こえているのではないかと思います。
ICUの医者の説明によると、このまま薬で眠らせて、いろいろな処置をして明日の朝まで様子を見る、ということです。
腎臓専門医の主治医、ムウォンゲラ医師は、透析をして状態を改善させ、血圧を下げる処置をして、他にはできることはあまりない。あとは本人の体力と心臓がどこまで持つかということだと言います。
私は医師にしつこくつきまとって、いろいろな説明を求めましたが、医師が言うことがとてもあやふやで頼りないので、私と匡哉は大変不安になりました。
もしかしたら、これが本当にナイロビでの医療の限界ということなのかもしれないと思いました。本当に、これ以上どうしたらいいのかわからない、と医者自身が思っているようで、ムウォンゲラ医師の表情も困ったような顔になっていました。
肺に水がたまってぱんぱんになっているそうです。尿がまったく出ません。
「昨日の夜いらい、尿が出ていないので、なんとかしてください」と、私は何度も、腎臓センターで透析を受ける前に言ったのです。だけどそのときは医師は、「カテンベの場合、こうやってだんだん尿の出が悪くなり、そのうちまったく尿が出なくなるときがくる。だけど透析で余計な水分を取り出すのだから心配ないのだ。透析にまかせなさい」というようなことを言い、しつこい私にあきれたような顔で「心配するな」といい続けていました。
今日の午前中に私がカテンベの体を触ったかんじだと、なんだか体全体が腫れているし、おなかを触ったらとても痛がるので、これは何かおかしいのではないか、と私は医者に何度も言ったのです。それでも腎臓センターの医者は、「大丈夫だ」と言い、透析をするように言いました。

ナイロビ病院ICUに入ってからあと、血圧がひどく上昇しました。上が245まで上がりました。
心臓が弱っているということも言われ、肺に水がたまっているからこれが取り除かれればもっと楽になると言われました。
体の痙攣は、脳内に出血があるのか、梗塞があるのか、ということかもしれないので、それを確認するために脳のスキャンをとると言われました。
そして今日はそのあと、また透析をすると。
「本当に大丈夫なのですか」と何度も聞きましたが、医者は、大丈夫だ。肺の水を取るためには透析をするしかない。と繰り返します。

今までカテンベは、透析を本当につらいと言っていましたが、それでもつらい透析に耐えてきました。
あんなにいやだった透析を、今また意識がないカテンベの体にやらなければいけない。
たまらない気持ちになりました。

呼吸器をつけたカテンベは、薬で眠らされているけれど、目がずっと半分開いていました。
手を握って、体をさすって話しかけて、お母さんと匡哉と私とで、がんばれ、がんばれと言うと、手がぴくっと動きました。
そして、目から涙がポロリポロリとこぼれ落ちました。
お母さんが、「私の子よ、今までずっとがんばってきたのだから、心を強く持ちなさい。神様がそばにいるから。お母さんも匡哉も千晶もそばにいるから」
と、ずっと耳元で話しかけていました。


今日のところは医者は、脳のCTスキャンを見なければこれ以上のことは何も言えない、と言いました。
明日、スキャンの結果と血液検査の結果をもとに、どんな状態なのかを説明してくれるということです。
困った顔をしていたムウォンゲラ医師も、それでも絶対あきらめていない、と言いました。できるだけのことはすべてやると言いました。
そして、なんとしてでもインドに渡航できる状態まで持っていく、と言いました。
絶対に希望を捨てずに、祈り続けるしかありません。

カテンベの体からは、必死でがんばっていることがひしひしと伝わってきています。
どうか皆さん、カテンベのために祈ってください。お願いします。
カテンベを支えてください。

8月21日のインド行きの飛行機の予約が取れ、航空会社の医師との連絡も取り始めたところです。
インド行きのために必要なお金を基金からドルに換金し、今週末にナイロビに向かう友人に持ってきてもらうようにお願いをして、その手配もはじまったところでした。
今日は急なことでICUに緊急入院し、そのデポジットがなんと60万シリング(約100万円)かかるとのことです。
今日あった持ち合わせの11万シリングをとりあえず支払いました。
MPシャー病院はカテンベは前回の入院でトラウマができてしまったことと、腎臓センターとナイロビ病院は隣接していて今日のような状態だとMPシャー病院まで運ぶのが間に合わなかったことで、急きょ、ナイロビ病院に入院することになりました。
ナイロビ病院は東アフリカで最高の病院です。その分、コストも最も高いです。それでもナイロビ病院以上にできる病院はないので、ここでそのままがんばろうということになりました。
今月に入って2回の入院、しかも先週はICUに入院のせいで、医療費がかさみ、基金の残金が減っています。
それでもインドに渡航するためにギリギリの分は残っていると思っていました。
ところが今回またICUへの入院。インドに渡航するためにギリギリだった資金を使わねばなりません。
どうかお願いします。カテンベを支えてください。
これからナイロビ病院で状態を回復させ、無事インドに渡航できるよう、支えてください。
インドに行けば、ナイロビよりももっと方法があるはずだと思うのです。
ここではもう、医師もこれ以上どうしたらいいかわからないという様子なのです。ムウォンゲラ医師自身も、絶対にインドに行かせたいと言っています。
どうかなにとぞよろしくお願いいたします。

カテンベの魂に届くように祈ってください。私もカテンベの耳元で励ましの言葉をかけ続けます。
元気になって大好きなミリティーニ村に帰ろうね。みんな待ってるよ。みんなカテンベのために祈ってるよ。
手術して元気になったら、何でも食べれるし好きなだけ走り回れるよ。
そうしたら、もう苦しい透析もしなくてもいいんだよ。
絶対元気になれるからね。私はカテンベが元気になると信じてるよ。いつもそばにいるからね。一緒にがんばろうね。


早川千晶
[PR]
by keep_music | 2006-07-26 12:09 | 経過報告
近況報告 2006年7月25日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

昨日カテンベが退院しました。
輸血が効いてヘモグロビンの数値があがり、様子もだいぶ落ち着きました。
お医者さんに「もうこれ以上病院にいても、できることは何もないから、とりあえず家に帰って休みなさい」と言われて退院することになったのです。

続きを読む
[PR]
by keep_music | 2006-07-26 11:55 | 経過報告
近況報告 2006年7月23日 
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

カテンベ、なんとか持ち直しました。
今日の午前中まではまだ朦朧としていたのですが、昼過ぎごろからは意識もしっかりしてきて、夜には冗談とばすくらいになりました。
今日、集中治療室から出ることもでき、リモコンでびよーんびよーんと動くベッドに寝てリモコンで遊んで喜んでいました。
昨日、キベラから献血にきてくれた仲間たちの血を輸血したのがとっても効いたようです。

続きを読む
[PR]
by keep_music | 2006-07-26 11:52 | 経過報告