カテゴリ:経過報告( 53 )
近況報告 2006年7月23日 
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

いま病院から帰ってきました。
今日は2人分の献血分を輸血しました。

カテンベはとてもがんばっています。
でも心臓がとても弱っているということで、匡哉とお母さんと話し合ってできるだけ早くインドに向かえるように手配をはじめようということになりました。

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by keep_music | 2006-07-24 01:06 | 経過報告
近況報告 2006年7月22日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

カテンベが集中治療室に入って3日たちました。
7月6日に具合が悪くなって入院してからあと、状態が良くなって7月10日に退院しました。
ところが7月19日の深夜、また急激に具合が悪くなりました。心臓が痛い、息ができない、血圧が急激に上昇し、高熱を発し、緊急に入院したのです。

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by keep_music | 2006-07-24 00:53 | 経過報告
緊急連絡「献血のお願い」
「献血のお願い」
2006年7月22日

早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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基金口座振込み先

カテンベが3日前の夜中に調子が悪くなり、再度入院しました。MP・SHAH病院のICU(集中治療室)にいます。
肺炎だということです。
輸血をしましたが、昨夜また様態が悪くなりました。
重度の貧血のため、再度輸血が必要です。

ナイロビ在住の方に、献血をご協力いただけませんでしょうか。
血液型はなんでもよく、JUMA HAMISI KATEMBE のため、と言っていただいて献血したら、カテンベに合う血液がもらえます。
そうやってカテンベのための血液ストックがあれば、今後の緊急の際にもそのストックで輸血をしてもらえます。
今日献血ができない方でも、また今後のために役立ちますので、可能な方はお願いできるとありがたいです。
MP・SHAH病院は、タウンからミュージアムヒルをあがって、メイフェアホテル(ホリデーイン)に向かう道を行くと、メイフェアホテルまで行く前のランダバウト向かって右にある大きな病院です。(近くにガソリンスタンドがあるので、わからなくなったらガソリンスタンドできいていただけるとすぐにわかると思います。)
受付で献血をしたいと行っていたくと献血の場所をおしえてもらえます。用紙に記入して、JUMA HAMISI KATEMBE 用だと記載してください。
どうかよろしくお願いいたします。

早川千晶 携帯電話 0722-718291
大西匡哉 携帯電話 0723-596563
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by keep_music | 2006-07-24 00:52 | 経過報告
近況報告 2006年7月9日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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カテンベが入院しました。
7月6日の夜中に具合が悪くなり、息が苦しい、体がむくんで痛い、などの症状と、高熱を発しました。血圧も急激に上がり、朝いちで腎臓センターに行き透析をしました。すると、透析をしている最中にも吐き、苦しんだあと、一時落ち着いたかと思ったら、今度は血圧が急激に下がり始め、体が冷たくなりました。そのあとショック状態のようになり、目を見開いたままで意識が遠のきました。それであわてて緊急入院となったのです。
入院したあと、だいぶ状態は落ち着きましたのでとりあえずの心配はありません。
どんなかんじだったのか、カテンベに詳しく話を聞いてみましたところ、夜に苦しかったときは心臓がバクバクとして破裂しそうだった。そのあと透析をはじめてからは、心臓がとても冷たくなり、体中も冷たくなって、これは一体なんなのだろうと思っているうちに意識が遠のいていったそうです。
入院して、心臓のスキャンを取りました。お医者さんからの詳しい話はまだ聞かせてもらっていません。
ここのところ、カテンベは気力が充実していて、顔やしゃべりかたにも生気がみなぎっているようなかんじでした。ワールドカップを楽しんで見ていましたので、それに励まされて、自分も動きたいと体がむずむずしていたようで、階段の上り下りなどをゆっくりゆっくりですが張り切って練習していたところでした。カテンベは見違えるように元気になったね、と、まわりの人々も喜んでいました。
ところが今回のことで、カテンベは気力だけで持っていたのではないか、と思わされました。血液検査をしてみたら、数値は決して良くなく、ヘモグロビンの数値も下がっていました。本当は体はしんどかったのではないかと思います。それにしても、こんな状態でもカテンベの気力と、生命力の強さには本当に驚かされます。
透析はカテンベの体にとても負担をかけているように思えます。とにかく一刻も早く手術をしたほうがいいのでは、とみんなで話し合っています。
今は主治医からの判断を待っているところですが、場合によっては早くインドに行けるように手配を早めようと思っています。
入院して翌日の昨日は、カテンベはすっかりけろっとしていて、いろいろと面白おかしく話を聞かせてくれました。ワールドカップの決勝は病院のベッドの上で見ることになりそうです。
本当は体の状態が悪かったのに、ここのところ気力が充実していたのは、皆さんからの励ましやお祈りのおかげに違いない、と思っています。生命力というのは、はかりしれない力ですね。数値や計算では考えられないような力を持っているのだとつくづく実感しました。どうかこれからも見守ってください。よろしくお願いします。
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by keep_music | 2006-07-11 12:32 | 経過報告
近況報告2006年7月2日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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左からカテンベ、ジョン、ジョージ、ママアドリ、ジャネット

今日は日曜日。カテンベの家に、マシモニ・ユース・グループの面々が歌を歌いにきてくれました。
カテンベが大好きなマシモニ・ユース・グループ。カテンベはCDで彼らの歌を聞いていて、お気に入りの曲もあります。(大西匡哉制作のCD,TWENDE NYUMBANIキベラスラムの歌声Vol.1にも彼らは参加しています。)
今日はなんと、彼らが歌でカテンベを励ますために、カテンベのためだけのライブをカテンベの家でやろう!ということになったのでした。
マシモニ・ユース・グループはキベラスラムの若者たちが集まり、リーダーのジョンが3年前に結成したゴスペルグループです。ジョンは夜勤の警備員の仕事をしていますが、夕方6時から朝6時までの仕事があけると、ちょっとだけ仮眠をとってから午前10時にはマゴソスクールに来ます。ボランティアで子供たちに音楽指導をしたり、洋裁教室で練習したりしてから、また夜勤の仕事に出かけていきます。警備員の仕事は月給8千円でとても薄給なのですが、その収入で彼は引き取った孤児の子供たち3人と自分の子供、そして奥さんと共に暮らしています。
グループメンバーは13人。そのほとんどが、無職のスラム住民たちです。働きたくても仕事がありません。スラムの若者たちは、がんばって苦学しても、学校を卒業してからあとに就職先がないことが、大きなストレスになっています。未来に希望を持てず、自暴自棄になってしまう若者も多く、犯罪に走る種になってしまいます。そこでジョンは、そんな若者たちを集めて音楽グループを作りました。ジョンは貧しい農村の出身者ですが、小さいときから歌が好きで、小学校6年生のときから作曲をはじめました。いつも頭の中で音楽が鳴り響いているのだそうです。マシモニ・ユース・グループは歌を歌うことで、がんばって生きていこうよ!という想いを伝えたり、エイズは怖い病気だという情報を伝えるなどの活動をしています。スラムのあちこちでこれらの歌を歌うだけでなく、地方の村々にも巡業します。彼らの素晴らしいハーモニーと、魂の奥底からあふれてくるメッセージを乗せた歌は人々の心を打ち、今では、遠くウガンダまで彼らの歌が歌い継がれていっています。
さて、大好きなマシモニ・ユース・グループが自分だけのために歌いにきてくれた!と、カテンベは大喜び。ひそかにママとメジラ(妹)も大喜びでした。だってカテンベは透析への往復以外はほとんど家から外に出ることができません。いつも一家で家の中に閉じこもっていなければならないので煮詰まるときもあるけど、ラジオやCDを聞くことが一番の楽しみなのです。何度も何度も繰り返し聞いていたマシモニ・ユースの歌。それを今日は、目の前でナマで聞けるのである!

狭い家が人だらけになるほどのお客さん。マシモニ・ユース・グループ10人と、子供たち4人が来てくれました。そして、歌がはじまりました。

スワヒリ語の歌やルオ語の歌です。カテンベはルオ語がわかりませんが、意味がわからなくてもスピリットが伝わってきます。キベラプラザのアパート中に、彼らの歌声が響き渡りました。力強い歌声、そしてソウルフルなハーモニーです。近所の人々も、なんだ、なんだとのぞきにきました。部屋の中は、彼らの歌声につつまれました。部屋の中をぐるぐるとハーモニーが渦を巻き、私も頭の中がぐるぐる巻きになりました。
彼らはなんと、2時間も休みなく歌い続けました。カテンベも一緒に歌いました。
台所では、ママとメジラが踊りながらチャパティを焼いていました。
歌い終わってから、カテンベに励ましの言葉をかけてくれました。
「カテンベは病気で苦しんでいるけど、ひとりじゃないよ。心はみんな一緒にいるからね。」
カテンベは、うん、うんとうなずいて、とても嬉しそうでした。
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ママは台所でチャパティを焼きながら歌を口ずさむ。おしりふりふり。

現在、キベラの歌声のCD第二弾を制作しているところです。レコーディングは昨年の11月から今年の2月で行い、それから匡哉がずっと編集作業をしています。マゴソスクールの子供たちとマシモニ・ユース・グループのコラボレーションのCDですが、ここに、カテンベの歌を含めたらどうかというアイディアが匡哉からあがってきました。カテンベはまだもう少し元気だった頃に、地元のモスクで評判の歌い手でした。かつてはたくさんの人々の前で歌い、その歌声が人々の胸を打ち、賞賛を受けていたということです。おじいちゃん、おばあちゃんたちがカテンベの歌を聴いて涙を流しながら賞賛していたのだそうです。

匡哉と私は、このキベラCD第二弾にカテンベの歌も加えて、利益の分配にカテンベ基金へのチャリティを含みたい、と考えましたが、これはマゴソスクールとマシモニユースグループに相談しなければならないと思いました。あくまで彼らの作品ですから、彼らがそれを承諾してくれるかどうか、7月1日にミーティングをして話し合いました。
すると、マシモニユースグループやマゴソ代表のリリアンがなんと言ったかというと、
「カテンベのことは緊急にお金が必要だ。私たちはそれを助けたいと思っても、助けるすべがない。だけどCDで協力できるなら、とても嬉しいことだ。私たちの印税すべてをカテンベにあげてくれ。」と、こんなふうに言い、みんな、そうだ、そうだと賛同しました。
惜しげもなくそんなふうに言う彼らに、私はとても驚いて、嬉しく思いましたが、CDを買ってくれる人たちはマゴソスクールやマシモニ・ユース・グループに対しても応援の気持ちを持ってくれているのだから、応援されているのはカテンベだけじゃないんだよ、と言いました。だから、カテンベだけじゃなくてマゴソもマシモニユースもCDから利益を得て向上していけるよう、みんなで分配するのがいいのでは、と提案しました。
話し合った結果、売り上げの10%をカテンベ基金へのチャリティとすることで決定となりました。マシモニ・ユースとマゴソスクールが自分たちの印税を削ってチャリティとして提供してくれることになりました。

CDのタイトルは、IENDE MBELE(前進)に決定。
9月15日リリースを目指してがんばっていますので楽しみにしていてください。
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マシモニユース、立ち上がって部屋の中を回りながら歌う。

マシモニユースとマゴソが歌うのは、キリスト教のゴスペル。カテンベが歌うのは、イスラム教の聖歌です。その中に、キベラの子供たちの多くの出身地であるビクトリア湖畔のわらべ歌や、ジョン作曲の歌も含まれています。
Vol.1のレコーディングの最中にはじめてマゴソにやってきた元ストリートキッドのトニーや、虐待を受けて逃げてきたアピヨ、母親が死んでから労働力として売られていたエミテワなどの歌声も含まれています。
トニーやアピヨは現在、カテンベの出身地のミリティーニ村で元気に暮らしています。キベラの子供たちとミリティーニ村の子供たちが一緒に暮らす家、「ジュンバ・ラ・ワトト」を作って7ヶ月になりました。宗教や言語が違っても、こうしてみんなで家族になれるし、お互いの人生を支えあうことができる、というのは、ほんとに素敵なことだなぁと実感しています。
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by keep_music | 2006-07-04 14:35 | 経過報告
近況報告 2006年6月24日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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写真、左から、カテンベ、家庭教師のオティエノ先生、妹のメジラ


お母さんが気を失って倒れてから3日たちました。ご心配かけてすみません。目を覚ましたら「いったい何だったのだろう」と本人もよくわからないみたいです。
たくさんのヒーラーの方々が遠隔ヒーリングを送ってくださいました。心から感謝です。ありがとうございます。
家族みんなで元気にがんばれますよう、これからもどうかよろしくお願いします。

さて、今日はオティエノ先生を紹介します。
カテンベは5年生から学校に行けなくなったけど、ナイロビで闘病生活をはじめてからしばらくして、近所に住む苦学生のオティエノ君が勉強を教えに来てくれるようになりました。
オティエノは私の友達・オニャンゴの弟です。
オニャンゴも苦学生でしたが、ナクルのエガトン大学の学生時代にキベラスラムのマゴソスクール(私の学校)にボランティアで教えにきてくれていました。
彼らのお父さん、お母さんは、病気で死んでしまい、それからあとはおじさんのババデニスが学費を払ってくれて、なんとか学校に行くことができました。
オニャンゴは、親を失ってとても苦労したけど、助けてくれる人がいた。だから自分も困っている子供たちを助けたいんだ。と言って、ボランティアをしていました。
マゴソスクールの子供たちが最初に音楽活動をはじめたのは、オニャンゴが指導してくれたおかげです。
今、弟のオティエノは、ババデニスの家で居候しながら専門学校に通っています。
ババデニスの家は、カテンベの家の下にあります。
キベラプラザというアパートで、カテンベの家は4階、ババデニスの家は3階です。
オティエノ先生はババデニスと2人暮らしなので、料理の担当です。テレビでサッカーの試合がある日は、サッカーを見てからごはんを作るので、食べるのは夜の12時を過ぎてしまう(笑)
男2人暮らしなので、仕方ないですね。
ババデニスの奥さんは、エイズで亡くなりました。エイズの闘病が10年くらい、とても大変でした。彼女、メリーは私の友達でした。とても苦しんで亡くなりました。そのころケニアではまだエイズの薬はとても高くて、一か月分が普通の人の月給の何倍もするような金額でした。
ひとり息子を残して死んだので、彼女はさぞかし、心残りだったと思います。息子のデニスは、今では高校生です。デニスは、学校が休みのときは、いつもマゴソスクールに入り浸っています。(ほとんど住み込んでいるくらいです。)
ババデニスやオティエノ先生はクリスチャンだし、カテンベ一家はイスラム教徒ですが、そういう宗教の違いは関係なく、とても仲良しです。一緒にごはんを食べるとき、みんなで一緒にキリスト教のお祈りをしたり、イスラム教のお祈りをしたりして、私や匡哉も「いただきま~す」と言ったりして、みんなで食べます。
さて、オティエノ先生が家庭教師をしてくれて、カテンベは勉強をがんばっています。学校に行けなくなってからだいぶ時間がたっているので、もう一度4年生からやり直しています。
オティエノ先生はすべての教科をとても丁寧に教えてくれます。
ちょうどケニアの公立小学校では中間試験が終わったところです。この中間試験の試験用紙を、マゴソスクールからカテンベにもわけることになりました。
さあ、来週は試験だよ、と言われて、カテンベは、「おおおお!!」という顔をしました。困ったような、嬉しいような、恥ずかしいような顔でした。
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by keep_music | 2006-06-26 12:53 | 経過報告
近況報告 2006年6月21日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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写真中央がお母さんです。

昨日の夜、カテンベのお母さんが倒れて、一時意識を失いました。
夜中12時ごろ、トイレに立ったところで倒れたそうです。
突然のことで、子供たちはどうしていいかわからず、お母さんのそばで泣いていたそうです。
意識が戻るのに1時間ほどかかったとのこと。
今日になってその話を聞いて、びっくりしました。
数日前から頭が痛かったとのこと。
とりあえず血圧を測り、安静にして休んでもらうようにしました。
血圧は正常でした。
一体どうしたのだろうと匡哉と話し合いました。
カテンベが診てもらっているナイロビ腎臓センターのムウォンゲラ先生に、お母さんも検査をしてもらっています。
腎臓提供者であるお母さんの健康状態は、腎臓移植手術を行うための重要なポイントでもあります。
ムウォンゲラ先生の検査では、お母さんに十二指腸潰瘍があることがわかり、その治療をしています。
それ以外は正常だと、先生には言われていました。
十二指腸潰瘍は、ストレスが原因であることが多いと聞きました。
カテンベの闘病で慣れないナイロビ暮らしをしていること、村に残してきている小学生の娘のアミナのことが心配なこと、
今後のカテンベの手術が心配なことなどが、ストレスの原因になっているのではないかと思いました。
心配や不安があるけれど、それを口にすることができず、がまんしているのではないかと思います。
腎臓提供者である自分がしっかりしなければ、と、お母さんにはとても大きなプレッシャーがあるだろうと思います。
今回、意識を失って倒れたことも、ストレスが原因になって体調に異変をきたしたのかもしれない、と思います。
これからもっと詳しく検査をしていくことになりますが、お母さんの体調が心配です。
とりあえず、自然療法で調べた対策をおこなってみます。
ヒーラーの方々から、カテンベに遠隔ヒーリングをしてくださっているとメッセージをいただきました。
お母さんのためにも、ヒーリングパワーを送ってくださると、とてもありがたいです。
どうかよろしくお願いいたします。
お母さんの名前は、
Siri Mwaka Athumani Masai (シリ・ムワカ・アスマニ・マサイ)
生年月日は、1965年3月8日 です。

今日はお母さんは大丈夫だと言っているものの、心配です。
これからお母さんのことも注意していかなければと思います。
よろしくお願いいたします。

早川千晶
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by keep_music | 2006-06-22 12:19 | 経過報告
近況報告 2006年6月16日
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早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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写真は、
カテンベ(右・14歳)と妹のメジラ(左・3歳)
「テレビの前で、ワールドカップ応援してます!」


カテンベと、カテンベの両親と共に、手術のことについて具体的な話し合いをしました。
今回の話し合いのポイントは

1)そもそも、手術を本当に受けたいか?受けたくないか?
受ける、受けないの両方の、リスクと、メリットをできるだけ詳しく説明して、カテンベ本人もよく理解できるようにする。
2)手術を受けるなら、ケニア、インドのどちらにするか?
ケニアとインドの事情の両方を説明して、カテンベ本人もよく理解した上で、選択する。
・・・と、こういう内容についてでした。

「インドでの手術」について、
ナイロビ腎臓センターのムウォンゲラ先生から紹介されているのは、インドのAhmedabad にある腎臓研究センターでした。
資料をもらい、私もその資料を読んだり、調べたりしてみましたが、どうも、私は気乗りがしていませんでした。
それは、昔、私はAhemedabad に行ったことがあり、この町にあまりよい印象を感じなかったせいでもあります。
でも、そんな「気のせい」みたいなことを言っても仕方がないので、冷静に判断しなければと思っていました。
たったひとつの受け入れ先で判断するのではなく、もっといろいろ調べてみなければと思っていました。
ナイロビ腎臓センターの透析常連者とも、カテンベはいろいろおしゃべりをして情報収集しているようですが、インドでの移植手術については、「看護婦さんが親切にしてくれない」「食べ物が辛いものばかりでつらい」という体験談を聞いていて、カテンベとし

てはちょっと不安な気持ちもあるようでした。
でも、誰に聞いても、インドの技術は高い、といいます。
機械などの設備も高度だし、ケニアとは比べ物にならない、というのが、常識のようです。

「ケニアでの手術」について、
これは、やはり、手術後の対策が最も難しいところだという見解を、誰もが持っています。感染の対策がちゃんとしていないせいで、不安があります。
それなのに、料金が高い。
なんだか、料金の高さに質がともなっていないのが、納得できないところです。
メリットはやはり、家族のすぐそばにいれる、という安心感だけです。

こんなわけで、私としては、インドも、ケニアも、両方とも、もろ手をあげて賛成できないような、心の中になんとなく納得できないひっかかりみたいなものがありました。
だけど決めなければならない日は迫っているし・・・
とにかく話し合いをしなければならない、と思ったけれど、気が重かったというのが正直なところです。
いずれにしても、「これがベスト!」と思えるような状況ではなかったからです。

そうしたら、話し合いをしようとしていた日の朝に、メールが届きました。
この前このブログに書いた近況報告を読んでくれて、仙台から、石原お母さんと、ヒーラーの小澤さんが、ほとんど同時に、良い情報を届けてくれたのでした。
なんでも、南インドに、アマチさん(アンマ)という聖者の方が作られたすばらしい医療設備の整った医療施設があるというのです。
AIMSといって、高度な医療を安価に受けられる医療施設だそうなのです。
http://www.amritapuri.org/health/aims/aims.php

思わず、「南インドのどこですか?」と私は聞きました。
すると、「コーチンです」という返事。

この偶然に驚きました。
というのは、私、大西匡哉、師匠マテラさん、若者タイコ叩きのバーティ、ダンサーのマシャカの5人は、8月4日出発で、この、コーチンに行く仕事が入っているからです。
(マテラさんとバーティは、カテンベのおじさんにあたります。)

このお仕事は、ピースボートに水先案内人(講師)として乗せていただくお仕事です。
コーチンからモンバサまでの船の中で、私はキベラの講演や勉強会などをさせていただき、その他の4人は音楽のライブやワークショップを行います。
8月6日にコーチンで、原爆の日の平和イベントを行うということで、そこから参加させていただくことになっています。
本当は、6日の朝にコーチンに到着していればよかったのですが、飛行機が満席で取れず、1日早く到着することにスケジュールが決定していました。
8月5日の朝にコーチンに到着して、1日、フリータイムがあるのです。
せっかくのフリータイムがあるから、カテンベの病院について下見でもしたいよね、と匡哉と話し合っていましたが、ムウォンゲラ先生に紹介されていたAhmedabad は遠いので、無理だと思っていました。

ところが、今、こうやってコーチンの優れた病院を紹介してくださる方が登場しました。
これにはほんとにびっくり。そして、とても嬉しく思いました。
ぜひ見学してみたいし、なんだか希望が出てきました。

ケララ州やコーチンも、私は以前、行ったことがあるのですが、私はとても良い印象を持っていたのです。人々がとても温かく、のびのびとした良い空気が漂っているところだと感じていました。
なので、このメールを見て、「コーチンならば、最高だな!」とすぐに思いました。
インドの伝統医療もさかんなところだと思います。

この、アマチさんの病院については、これからもっと情報を調べないとわからないけれども、8月に下見に行けるということで、とても前向きな気持ちになってきました。

こういう情報を持って、カテンベのところに相談に行きました。

ところで、カテンベですが、ここのところとても元気が出て、見違えるように顔が生き生きと輝いているのです。
いや~、なんだかすごく元気だよね、調子よさそうだけどどうしたの?と聞いたところ、匡哉に、「ワールドカップがはじまったからだよね」とからかわれていました。
そうなんです! カテンベが待ちに待ったワールドカップがはじまり、カテンベは、見違えるように元気が出てきました!
カテンベの家にはテレビがありませんので、近所の人のおうちでテレビを見せてもらっています。
とにかくカテンベはサッカーが大好きです。
一番応援しているのはブラジルです。
ワールドカップがはじまるにあたって、ブラジルをサポートするために、ブラジル応援Tシャツをカテンベは匡哉と一緒に買いに行きました。
ところが、ブラジルのはカテンベサイズがなく、仕方ないので、スペインTシャツを買ってきました。
カテンベに会いにいったら、妹のメジラとともにおそろいのスペインTシャツを着て、やる気まんまんでした。
日本の選手も、ほとんどの選手の名前が言えます。
あのときのプレーは、こうで、こうで、こうなって・・・ と、とても詳しく解説をしてくれます。
なんだか、心なしか、カテンベの足取りも軽くなったようです(笑)。
自由に動けないカテンベだけど、テレビの中で見る憧れの選手たちの華麗な動きに、自分の心も乗っかっているみたいです。

そんなわけで、カテンベの顔の元気の勢いが、今までとまったく違うことに私はびっくり。
ほんと、スポーツって素晴らしいですね。テレビで見ているだけでも、こんなに元気をくれるとは。

ワールドカップのおかげで、カテンベは絶好調。
調子があがってきて、透析も、週3回が週2回に減りました。
今は、月曜、金曜の週2回の透析で、とりあえずの様子を見ているところです。

さて、この絶好調の波に乗り、手術についての話し合いをしました。
お父さん、お母さんはやはり、費用のことや、いろいろなことで不安がたくさんあるようです。
だから私は、カテンベに、「費用のことは心配ないんだよ。お金の心配はまったく考えずに、カテンベがどうしたいか、ということで決めていいんだよ。どういう道を選んでも、ずっとサポートするから安心してね。」と言いました。
カテンベは、とても柔軟な子です。そして、ほんとにしっかりしています。私や匡哉がこうやって話をすると、その話の真意みたいなものを、とても敏感に察知します。そして、深いところまで理解しようとします。それが伝わってきます。
だから、私や匡哉が不安に思っていたら、それもすぐに伝わるし、反対に、私たちが安心したり確信したりしていたら、それもすぐに伝わるのです。

正直、カテンベのお父さんとお母さんと話をしていると、私のほうは、不安な気持ちになってくることも時々あるのです。
お父さん・お母さんもストレスたまって大変ですから、カリカリしてしまうときもあります。無理も無いことです。
だけど、カテンベと話をすると、私はなんだかいつもすごく安心するのです。不思議なものです。
カテンベと話をしていると、一番大切なことが見えてくるような気がします。

今回、私がいろいろ説明したあとで、カテンベは、とても力強くうなずいていました。
そして、彼の結論をはっきり言いました。

彼の結論としては、
「まず、ケニアで手術を受けるのは、いやだ。それ以外だったら、どういう決定になっても、僕はOK。インドで手術というのも、OK。
すぐに手術できなくてしばらく様子をみよう、ということでもOK。他の医療を試してみよう、ということでもOK。
だけどとにかく、ケニアで手術をすることは、いやだという気持ちです。それ以外だったら、なんでもOKだよ。がんばるよ。」
という、はっきりとした返事でした。

これによって、とりあえず、インドで手術を受けるということを優先した計画を立て直すことになりました。
それに向かって、みんなで、前向きに動き始めることができそうです。

当初の、7月1日手術目標は、かないませんので、仕切りなおしをします。

今後の計画としては、以下です。

8月までの間に、情報収集をすることと、インドの病院にコンタクトをとる。
8月5日に、コーチンで病院の下見に行き、お医者さんにも相談に乗ってもらう。
ケニア側でのハランベー(募金集め)は、7月末をめどに、できるだけのお金を集める。それと同時進行で、今からカテンベ、カテンベの両親のパスポート取得の手続きを開始する。

コーチンの病院の見学をしたあと、そこに決定したら、すぐに申し込みをする。
(手術費用のデポジットを送金して申し込みをする。)
話によると、申し込みをしてから準備に1ヶ月くらいかかるとのこと。
航空券などの手配をはじめる。

私、大西匡哉、マテラさんは、9月16日ごろ~10月20日ごろまで、日本ツアーが入っているので、
インドに出発できる日程の目安としては、11月1日と仮に設定する。
手術前に1ヶ月間の入院が必要だということなので、手術目標は、12月1日と仮に設定する。
手術後は2ヶ月間の入院が必要だということなので、ケニアに帰ってこれるのは、2月初旬ということになります。

このように計画を仕切りなおして、この目標にそって、これから動いてみたいと思います。
手術費用や、手術後の医療費について、まだまだお金を集めないといけないので、引き続き、募金への呼びかけのほうも活発に行っていきたいと思います。

以上がとりあえず現時点で話し合ったことです。
これからもっともっと煮詰めていきたいと思います。
応援してくださっている皆さんのおかげで、すごく希望が生まれてきたように思います。心から感謝です。
これからもどうかよろしくお願いいたします。

早川千晶
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by keep_music | 2006-06-19 18:24 | 経過報告
近況報告 2006年6月13日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
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5月に日本に行ったときに、U先生という小児科医の先生にお会いして、相談に乗っていただきました。
U先生はとても笑顔のステキな、真心のお医者さんという雰囲気の方でした。
カテンベの血液検査の数値なども見ていただきました。
カテンベが最初にナイロビに来て治療を受け始めたときの数値は、日本ではなかなかもう見られないような完全な腎不全の数値だ、ということでした。普通に医療が受けられる日本でならば、ここまでの状態になる前に何らかの治療を施すので、ここまでの数値というのはまず見ることはない、というほどのものだったようです。
これは、とても普通に生活ができないような状態の数値であるけれども、子供の場合、ときどき、考えられないことが起こることがあるのだ、と先生はお話されていました。
検査の結果だけを見ると、とてもこれで普通に生活しているとは信じられないような状態の子供が、元気に走り回っている、ということが、奇跡的にだけれどたまにあるのだそうです。
長い時間をかけて徐々に悪くなっていった場合、体は、その悪い状態に適応していき、なんとか普通の状態を保つようにがんばるのだそうです。
カテンベの場合も、相当長い間、病気がだんだん悪くなりながらも、体は一生懸命それに対応して生きてきたのだろう、とおっしゃっていました。
さて、人工透析についても、いろいろアドバイスしていただきました。人工透析は、働かなくなった腎臓にかわって、体内の老廃物を取り除く作業をしてくれるけれども、腎臓の機能というのはそれ以外にもたくさんあるわけで、透析というのは万能ではなく、腎臓の機能をすべて満たしてくれるわけではない。だから、透析でとりあえず現状維持はできるけれど、現状維持以上のものではありえない。(カテンベの場合、透析をしているだけでは、これ以上成長しない。) それと、透析は永遠にやり続けられるものではないかもしれないと思っていたほうがいい。血管がもたなくなったら、透析を続けられない。
・・・・と、このようなことをお聞きしました。
カテンベは、2月に透析をはじめてから、ずっと、体重24kgから変化しません。(透析を受ける前とあとでは、だいたい、1kg弱くらい体重が減ります。)
カテンベは6月21日の誕生日で15歳になるのに、これから先ずっと、体重24kg以上に育つことができないのか。
先生がおっしゃるには、腎臓移植をしなければ、これ以上に成長することは無理でしょう、ということです。腎臓が働いていなければ、カルシウムを生産することができないから?ということのようです。
今のカテンベの状態は、腎臓は両方ともほぼ完全に働いていませんので、カルシウム不足を補うために、骨を溶かして、血中のカルシウムの度合いを体が保とうとしているのだそうです。だからカテンベの骨はもろいし、骨盤が成長していないのでうまく立ったり歩いたりすることができません。
とりあえず透析を受け続けて命を維持することができても、それでは、カテンベはこれ以上成長できないし、元気に立ったり歩いたりすることもできない。妹や弟や同級生はどんどん大きくなっていくのに、カテンベは大きくなっていくことができない。
ようするに、腎臓移植をしなければ、カテンベは現状から一歩も先に進むことはできないのだ。ということがあらためてわかりました。

さて、腎臓移植手術に関して、危険がないわけではありません。
特に、ケニアの病院では、手術後の感染に対する対策が甘いので、そこが最も心配されるところだということです。
先日、腕のシャントを使えるようになったから、肩のほうから入れていた管をはずしたのだけれど、そのときに、ひどく感染して、リンパ腺がパンパンに腫れあがり、薬を飲んでもなかなか腫れがひかず、カテンベはとても苦しみました。そのことについて先生は、「その程度のことでそんなにひどく感染させてしまうようだと、手術のときにどうなってしまうのか心配だ」とおっしゃっていました。
2月に基金を立ち上げてから、腎臓移植手術を受ける目標を、7月1日に設定していましたが、6月中旬になった現在、この7月1日手術目標は果たせないので、次の目標をどのように定めるかについての話し合いを、今週、カテンベと、カテンベの家族、私、大西匡哉の間で話し合います。
現状で、すぐに手術が受けられない最大の理由は、費用がまだたまっていないせいです。
いろいろ調べた結果、手術を受ける可能性としては、ケニアか、インドか、このどちらかにしぼろうと考えています。
インドで手術を受ける利点は、ケニアよりも費用が安く、ケニアよりも技術が高いことです。しかし、やはり、家族がいるアフリカからカテンベを引き離すということに不安があります。
慣れない土地での不安や心細さが、状態にも影響してくるかもしれません。
やはり、たくさんの家族や友達がいるアフリカで、みんなに見守られながら手術を受けるのが一番良いのではないかと思いますが、技術面や、医療のクオリティで不安があります。
ケニアでは、透析の機械も、子供用の機械がなく、大人用で代用しています。
それと、手術後は、移植した腎臓の適合性を高めるために、大量の免疫抑制剤を投与しなくてはならないそうですが、そのせいで、免疫が完全になくなったような状態になるため、完全無菌状態におかなければならないそうです。風邪の菌でも命とりになってしまうそうです。ケニアでは、この対応が十分できるかどうかが、不安なところです。
この、手術前1ヶ月と、手術後2ヶ月というのが、とても大切な時期で、この時期をどう乗り切るかがカギだということです。
インドで手術を受けるならば、ケニアよりも費用がだいぶ安くなりますから、今の時点でも費用としては何とかなりそうではあるのですが、インド滞在も最低でも3ヶ月になること、それ以上になるかもしれないこと、など考えると、簡単にはインドでの手術に踏み切ることができません。
ケニアで手術を受けるためには、まだお金が足りません。
なんとか7月1日目標に間に合うようにしたかったのですが、無理でした。
今後の目標としては、私、大西匡哉、マテラさんが9月から10月にかけて日本に行きますので、そのときにどのような動きが生まれてくるか。それによって資金集めがどのように進むか。というのがポイントかと思っています。できれば、それで年内に手術にのぞむことができればと思っているのですが、まずはカテンベと家族の心構えが大事ですので、話し合いをしたいと思います。

上記のように、ケニアでの手術は簡単ではありませんが、そこに、とても心強いサポートが生まれてきました。
様々なつながりがつながりを生んで、今、世界各地のヒーラーの方々から、不思議なご縁でたくさんご連絡をいただくようになってきました。
祈りや、手を当てることによって、そして、体内に光を注入することによって、など、様々な方法での癒しを実践されているプロのヒーラーの方々が、あちこちからサポートをしてくれています。
ロンドンのケニア人カレンと、ナイジェリア人のジョセフィンは、祈りによって奇跡を起こすヒーラーですが、全力をあげてカテンベをサポートしてくれています。
松山の万寿さんは、ケニアまでヒーリングに来てくださっただけでなく、その後も、たくさんの方々にカテンベの話をしてくれて、そのご縁で遠くからサポートしてくださる方々とつながってきました。さらに、関東や、東北のヒーラーの方々からもご協力をいただいています。
これらの貴重な出会いは、偶然ではないという気がします。何しろ、これだけの短い期間で、なぜこれほどたくさんのヒーラーの方々に出会うことができたのでしょう。とても偶然とは思えません。本当にありがたいと思います。
ケニアでの手術は簡単ではないけれど、こうやって、世界中のあちこちから、ヒーリングパワーを送っていただいてサポートしていただいたら、うまくいく可能性があるかもしれない!という希望を感じています。
手術が決まったら、その方向と時間に集中してカテンベをヒーリングパワーで支えていただけたらと願っています。
そのためにはカテンベについてどんな情報が必要でしょうか? できるだけたくさんの写真があったほうがいいのかな、とか想像していますが、どんなことでもアドバイスいただけるようなことがあれば、ぜひおしえてください。ecotour@gol.com までメールいた
だけますと幸いです。

「天上のシンフォニー」という小説をお書きになった、作家の伯宮幸明さんからも、とても温かいメールをいただき、とても感動しました。
6月24日に開催される、「天上のシンフォニー・地球際」というイベントの収益の一部を、カテンベ救済基金に提供してくださるということなのです。http://www.goldentemple2012.com/chikyusai.html
実は私、5月に日本に行った際に、アマニ・ヤ・アフリカの石原お母さんが、「この小説、すばらしいからぜひ読んで」と言って、私に「天上のシンフォニー」をくれたのです。
それで、ケニアに帰ってきてから私もさっそく、この本を読みました。とてもワクワクする内容で、そして、たくさんのメッセージがつまった小説でした。
読み終わって数日後に、著者の伯宮さんからメールをいただいたので、本当にびっくりして、とても感動しました。

では、カテンベとの話し合いの結果も、また追って報告させていただきたいと思います。
匡哉は、CD制作の大詰めで大変そうです。6月中になんとか形にしたいと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。


早川千晶
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by keep_music | 2006-06-13 22:36 | 経過報告
近況報告 2006年6月2日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

5月19日から26日まで、日本に行ってきました。東京、仙台、神戸、倉敷で、多くの方々にお会いできて、本当に嬉しかったです。心からお礼申し上げます。本当にありがとう! はるばる九州や北海道など、とっても遠くから足を運んでくださった方々もいました。日比谷公園のアフリカンフェスタでは、アマニ・ヤ・アフリカでお店を出して、カテンベチャリティグッズの販売を行いました。カテンベが描いた絵を使って、仙台の山田君がとってもステキなポストカードをデザインしてくれて、3枚セット300円で販売したのですが、たくさんの人々がこれを手にとってくれて、「かわいい!カテンベ君、がんばってね」と言って買っていってくれたのが、涙が出るほど嬉しかったです。私はケニアから、ビーズで作った小さな象と、マサイのキーホルダーを持っていきました。これも、完売!
このブログでカテンベの話を読んでくれていた人々が、「カテンベ君の様子は、どう?」と、親しいお友達の近況を尋ねるように声をかけてくれました。みんな、なんて温かいのだろうか、と、涙が出そうになりました。
仙台と、東京のJR中野駅前で、はじめて街頭募金にも挑戦しました。仙台と東京の10代~20代の若者たちが中心になって、たくさん駆けつけてくれて、みんなで街角に立ってカテンベのことを話し、協力を呼びかけました。はじめの一声、すごく勇気がいるのですね。ざくざくと通り過ぎていく雑踏に向かって呼びかけるのは、正直いって、すごく怖くて、足はすくむし、声はへなへなとなってしまうし・・・。一緒に立ってくれたみんなも、もちろん同じように怖かったはずだと思います。だけど、思いきって声を出してみる。無関心に通り過ぎていくように見える雑踏に、呼びかけてみる。すると、立ち止まってくれる人がいました。ずーっと向こうまで通り過ぎていったのに、また引き返して戻ってきてくれる人がいました。立ち止まって、詳しく話を聞いてくれる人がいました。自分の病気について話してくれる人がいました。がんばってね、と声をかけてくれる人がいました。何の募金なのか、内容もわからないのに何気なく小銭を入れる、という人はいなかったと思います。みんな、立ち止まってビラを読んでくれたり、話している内容を聞いてくれたり、カテンベの写真を見て、カテンベの病気の内容を知って、その上で、募金をしてくださったと思います。
私は、本当に嬉しかったです。街頭募金でこんなに感動するとは思ってもいませんでした。かつて、東京の雑踏は、私にとってとても怖い存在でした。たくさんのたくさんの人が歩いているのに、その人波の中で、とても空虚で寂しくて怖い気持ちに襲われることがしょっちゅうありました。だけど、勇気を出してそんな人波に話しかけてみると、しっかりと反応が返ってきた。みんな、本当は無関心なんかじゃないんだと思います。こんなふうに、誰かの心に響いてくれて反応が返ってきてくれる。なんともいえない、感動の気持ちでいっぱいになりました。
仙台で、すばらしい団結力で大活躍してくれた宮城学院大学の皆さん、富永先生、新潟から駆けつけてくれたともこさんとマッチ、東京からムビラを持って駆けつけてくれたおのっちとかわらちゃん、アマニ・ヤ・アフリカの皆さん、東京で雨に濡れながら街頭で叫んでくれたピースボートの皆さん、東京での街頭募金を可能にしてくれた篠原さん、講演会を企画してくれたTUNAPENDA AFRICAの皆さん、ステキなチラシを作ってくれた米澤さん、販売を手伝ってくれた二本木さんと澄佳さん、いつも励ましてくれる助友先生、倉敷でお世話になった西山さん、そして、たくさんの、会場や街頭で声をかけてくださった皆さん、ここでは名前があげきれないけど、いつもいつも、温かい気持ちを寄せてくれるみんな。本当にありがとう!
5月末までの会計報告を用意しているところです。計算が終わりましたら、近日中にUPさせていただきますので少々お待ちください。5月末までの募金の総額は、3,505,611円となりました。横浜ハランベの皆さんも、ずっと継続して協力してくださっていて、心から感謝です。
日本からケニアに帰ってきたその日に、すぐ、カテンベに会いに行きました。日本でたくさんの人々が「カテンベ!元気でがんばれよ!」と励ましてくれてるよ、と話したら、すごく嬉しそうな顔をして、目を輝かせていました。
では、また報告させていただきます。心からの感謝をこめて! 早川千晶
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by keep_music | 2006-06-05 12:56 | 経過報告