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カテンベからのメッセージ
「ぼくの名前はジュマ・ハミスィ・カテンベといいます。
ミリティーニ・プライマリー・スクールの5年生です。
でも、病気のため、だいぶ前に学校に行けなくなりました。
そのころ、勉強していても足に力がはいらなくなり、体がおもく感じましたが、自分がじんぞう病だとはまだ知りませんでした。
それから友達といろんな遊びができなくなって、そしておなかの痛みが始まって、病院に運ばれ手術を受けました。手術がおわって、病院をでて、家に帰りましたが、5カ月たって、足がはれて、顔もはれて、そして歩くことができなくなりました。
もし病気がなおったら、学校にもどって勉強を続けたり、友達と遊んだり、サッカーしたり、歌ったり、センゲーニャを踊ったりしたいです。」

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by keep_music | 2006-02-26 13:02 | カテンベからのメッセージ
近況報告 2006/2/23
大西匡哉

さて、近況報告です。
カテンベは2月20日にM・P・SHAHホスピタルを退院しました。本当はもっと早くに退院してもいいと医者には言われていたのですが、まだ歩くこともできないカテンベが宿泊できる場所を確保できていなかったので、大事を取る意味でも入院延長をお願いしていたのです。病院ではナースたちに気に入られてかわいがられていましたが、透析時にICUに連れて行かれる以外は、病室のベッドで寝てるだけの生活ですこしうんざりしてたので、退院できて嬉しそうでした。
現在はとりあえず、ウフルパークのそばにあるYMCA(安宿)にママカテンベと一緒に宿泊していて、そこからDrムォンゲラのクリニック、ナイロビ腎臓センターへ、週2回の透析をしに通っています。キベラにあるアパートの一部屋が週末にも空くそうなので、手続きをすませ、週明けに移動できれば、当分はそこで生活して行くことになるでしょう。
きのう退院後はじめて腎臓センターへ透析を受けに行きました。腎臓センターはその名のとおり腎臓専門のクリニックで、透析ユニットと書かれた部屋には9台もの透析機が置かれ、M・P・SHAHの陰気くさいICUとは雰囲気がだいぶ違い、明るい現代的なクリニックといった印象です。そこに来る人々も、高価なスーツに身を包んだいかにも成金ふうのおっさんや、深いしわに歴史を感じさせるインド系の老人など様々です。村で生活していたらこのような医療を受けられる機会はまずありえないので、そういう意味ではカテンベはラッキーといえるかもしれません。今までそんな医療を受けられずに命を落としていった人が大勢いることでしょう。
とはいえ、左肋骨あたりの動静脈から管を通され、人口的に血液を浄化しなければ生きて行けないなんて、その透析すら耐えがたい苦痛を伴うというのに。この日も2時間を過ぎた頃から表情が曇り、血圧、心拍数が異常に高くなり、やがて激しい頭痛に襲われ、声をあげて泣いていました。
カテンベは段差のない平地だったら50歩以上は壁などにつかまりながら歩けるまでになっています。体重も26kgと2kg増えました。この2週間でやっと死の淵から生還したのです。
しかし一方で、腎臓移植がそう簡単でないこと、日本でさえ術後の拒絶反応などで苦しんでいるかたも少なくないそうで、お金だけでなくまだ様々な問題をかかえている状態です。ケニアで調べられることにも限りがあるので、とくに貞方さんをはじめ医療関係の方々、移植に関するいろんな情報をいただけるとありがたいです。
また募金箱を設置しようとしてくれている方や、チャリティーイベントなどを企画してくれてる人、こちらでも手伝えることがあれば言ってください。医者の診断書なんかも用意するつもりです。
すでに連絡が入っているだけで15万5千円が集まっています。
もっと大きな輪になっていけるように、みんなの意見やアイデアなどどんどん寄せてください。
またカテンベへのメッセージもどうぞよろしく!
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by keep_music | 2006-02-26 12:54 | 経過報告
口座の準備ができました
カテンベの腎臓移植基金の振込み先が決まりました。

郵便局普通口座 アマニヤアフリカ 口座番号 02280 7 65465

振込み用紙の通信欄に「カテンベの腎臓移植基金」と書いてください。
それからケニアから振込みの確認ができないので、できれば振込み後、振込み額と名前(個人または団体名)をメールで連絡していただけるとありがたいです。
keep_music@hotmail.com

アマニ・ヤ・アフリカについて

仙台を拠点に活動するNPO。貧困児童や孤児、元ストリートチルドレンなどへの学費支援、給食費支援、貧困家庭の女性たちの支援などを行なっている。

アマニ・ヤ・アフリカ連絡先
〒982-0023 仙台市太白区鹿野2-18-7-706
代表:石原邦子
tel/fax 022-247-4225 022-249-8433
amaniafrica@yahoo.co.jp

UPEPOアフリカの風ネットワーク
JIWEホームページ
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by keep_music | 2006-02-23 18:55 | 基金口座振込み先
早川 千晶プロフィール
f0077583_18385789.jpg早川 千晶(はやかわ ちあき)

ケニア・ナイロビ在住のフリーライター。
「ウペポ~アフリカの風ネットワーク」発起人。

1966年福岡生まれ。
東京外国語大学インド・パーキスターン語学科ウルドゥ語専攻中退。
1987年世界放浪の旅に出発し、アジア、ヨーロッパ、アフリカ各国を旅した後、1990年にケニア・ナイロビに定住。
ケニアで旅行会社に9年間勤務し、旅の企画や撮影コーディネーターを手掛けた後、1999年にフリーライターになる。
現在は執筆活動のかたわら、ナイロビ最大級のスラム・キベラでのストリートチルドレンのための学校建設・運営、スラム住民の生活向上プロジェクト、リサイクル運動、大自然体験ツアー、アフリカの面白さを日本に伝えるイベントの企画、マサイのコミュニティが行うエコツアーのサポートなどを行っている。

1999年から日本全国各地でアフリカトーク&ライブのツアーを毎年行っている。

著書
「アフリカ日和」(旅行人)
「輝きがある。~世界の笑顔に出会う旅」(文化出版社)
エコロジー月刊誌 「ソトコト」
季刊 「旅行人」、朝日新聞などに連載中

JIWE: http://jiwe.orio.jp/
UPEPOアフリカの風ネットワーク: http://homepage2.nifty.com/upepo/
世界の笑顔に出会おう!: http://www.k-egao.org/
インタビュー記事: http://www.jinaonline.org/topics/62/index.php?city=LA
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by keep_music | 2006-02-23 18:41 | 早川千晶プロフィール
大西 匡哉プロフィール
f0077583_18432866.jpg大西 匡哉(おおにし まさや)

1974年生まれ。
神奈川県出身。
パーカッショニスト。

ジャンベを独学、ストリートミュージシャンとして日本全国のファンを引き付けてきた。
藤沢出身の人気ロックバンド「らぞく」に新しい風を吹き込んだパーカッショニストとしても活躍中。
2004年からケニアのミジケンダ・グループに属するドゥルマ民族の村で、伝統音楽家マテラ・マサイ、アフリカの伝統音楽家とそのコミュニティをサポートするためのプロジェクトJIWEを設立。知られざる伝統音楽の発掘、CD制作に取り組んでいる。

E-Mail:keep_music@hotmail.com
JIWE: http://jiwe.orio.jp/

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by keep_music | 2006-02-23 18:29 | 大西匡哉プロフィール
現在の状況
大西匡哉

現在カテンベはナイロビのエムピーシャーホスピタルにて、人工透析療法を始めています。人口透析とは、血管から血液を人口腎臓の中に流し込み、特殊な膜を通して血液中の老廃物を取り除き、浄化した血液を再び体内に戻すというものです。今日4回目の透析に立ち会ってきましたが、透析中にてんかんのような発作を起こし、ICUは一時騒然となりました。
透析療法は体に様々な負担がかかるようで、まず心拍数が上がり、その後強烈な頭痛が断続的に襲います。(カテンベはいつもこの頭痛のたびに顔をしかめ、涙を流しています。)一回目と二回目の透析時には、この頭痛の後激しく嘔吐し、その後気絶したように眠り、また激しい頭痛で目を覚ます、というのを繰り返していました。てんかんのような発作が起きたのは今日が初めてで、目を吊り上げ、体をガクンガクンと痙攣させ、口から泡を吐き、あわてた医者や看護婦に処置をされている姿はあまりにも痛ましいものでした。その後透析が終わった後も、心拍数がなかなか下がらず、2時間以上点滴を受けていました。一回の透析に4時間もかかるので、その間常にこのような攻撃にさらされているかと思うと本当に胸が痛みます。
今日の透析が終わった後、カテンベはぐったりと疲れきっていました。それでも病室に戻り、普段村では観られないTVで、好きな音楽番組を観ながら知っている歌を口ずさんだりしているのを見ると、確実に元気になっているのがわかります。それというのも人工腎臓がカテンベの腎臓に変わって血液を浄化しているからです。このまま透析療法を続ければ、カテンベは普通に生活していくこともできるのですが、一回につき13000円から20000円(病院によって異なる)の透析費用を、週二回ずつ一生払い続けるのは実質不可能です。(現在病院の入院費用や透析にかかる費用などは、すべて早川千晶さんが負担しており、すでに30万円を超えています。)一刻も早く移植が受けられる条件が揃うことを望みます。
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by keep_music | 2006-02-23 15:59 | 経過報告
カテンベの紹介
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写真左から、ママカテンベ、妹のマリアム、カテンベ、父方のおばちゃん


カテンベのことを紹介したいとおもいます。
フルネームはジュマ・ハミシ・カテンベ(現在14歳)。1991年6月21日モンバサ郊外のミリティーニという村のドゥルマ民族の集落に生まれる。父ハミシ・テンベ、母シリ・アスマーニの長男で、19歳の姉、8歳と3歳になる妹がいる。
生まれてからの3年は順調に成長するが、94年に腹痛を訴え、以降モンバサの病院をたらいまわしにされた末に、95年コーストジェネラルホスピタルの腎臓専門医、Drマラーニャの診察を受ける。以後様々な検査を受け、痛み止めや血液増強剤などを処方されるが、決定的な回復は見られず、頭痛、腹痛、発育不全などを伴いながら徐々に病状が悪化し、2003年、小学5年生で通学困難のため休学。それまでは元気に走り回っていた頃もあったらしい。
2005年6月、腎臓の一部摘出手術(両親の話による)をわずか10000シルでおこなわれるが、事態はさらに悪化。2006年2月9日、Drムォンゲラの診察を受け、M・P・SHAHホスピタルに入院。
好きな食べ物はオレンジ、マンゴー、プラム、チキン&チップス。
嫌いな食べ物はウガリ(主食)とオメナ(小魚)、ウガリとスクマ(野菜)、ウガリとキャベツ。
好きな音楽はゴーマ、チコ、チェラ、センゲーニャ、(いずれもドゥルマの民族音楽)それとミスターブルー(タンザニアのヒップホップ)。
好きな授業は科学、社会、歴史、イスラム、スワヒリ語、英語。
将来の夢は?と訊くと迷うことなくキッパリと「大統領」と答えた。
母方のおじいさん、ムゼーマサイはセンゲーニャと呼ばれるドゥルマ民族音楽の12人の巨匠の一人で、ドゥルマ社会の中でも重要な役割をはたしていた。現在彼の実質的な役割は息子のムゼーマテラが担っている。
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by keep_music | 2006-02-23 15:42 | カテンベの紹介
カテンベ救済の呼びかけ
カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって

大西匡哉


f0077583_13291117.jpgカテンベはケニアに住む14歳の男の子です。
生まれつき腎臓に障害があって、体重は24kgまでにしか成長していません。
2003年までは学校にも通っていましたが、通学が困難になり、5年生で休学。その後様々な検査を受けるも病状は進行していき、2005年6月に腎臓の一部摘出手術を行なう。術後、一時回復したかに見えたがやがて再発、さらに悪化し、2006年2月、顔や足がむくみ、歩くことも、立ち上がることも、食べることもできなくなり、ナイロビの腎臓専門医の元に連れてきました。医者の話によると、もっと早くに適切な手術を受けていれば、腎臓病になることもなく元気に成長していたとのこと。カテンベが住んでいるモンバサには正しい診断ができる医者がいなかったため、適切な処置をされることなく14年間もの病気に蝕まれる時間を与えてしまっていたのです。
助かる方法は2つ、高額な人口透析療法を週二回ずつ一生受け続けるか、両親どちらかの健康な腎臓を移植するかです。そこで、カテンベの腎臓移植基金を立ち上げ、みんなで協力してカテンベを救いたいと思います。


アフリカで太鼓や音楽を学ぼうとおもい、ケニアでの生活を始めてもうすぐ2年になります。
初めは村の広場の隅にテントを張っていたのが、今では親代わりであり、師匠でもあるムゼーマテラの家の一部屋に住まわしてもらっています。はじめは言葉も解らず、食、文化の違いに苦労もしましたが、日々日常の生活や村での様々な行事(冠婚葬祭や憑依儀礼など)を通じて言葉や文化を学び、人々がどんな風に助け合いながら生きているかを知りました。
ナイロビやモンバサなど都市や町での暮らしとは違い、村には電気やガスはもちろんなく、水でさえ近所の水道から毎日買って(20リットルのポリタンク1個で約2円)何往復もしなければなりません。しかも多くの村人はたいした収入源もなく、道端で揚げパンを売ったり、牧を集めて売ったりしながら日々細々と暮らしているので、時には一日に口にする食べ物がほんのわずかなウガリ(東アフリカの主食)だけということもあります。特に乾期が長引いたりすると、食料の備蓄もそこをつき、マラリヤなどの発生率も高くなるので、厳しい生活が強いられます。
マラリヤはハマダラ蚊を媒介にした熱帯病で、感染すると発熱、頭痛といった風邪のような症状から嘔吐、痙攣などを引き起こし、ひどいものだとわずか数日で死に至りますが、普通はインジェクションと抗生物質で治せる病気です。
去る2004年の12月、クリスマスの2週間ほどまえ、いつも暮らしているミリティーニを離れ、数日別の村で過ごしていたとき、ミリティーニでザイナブという名前の8歳の女の子が急性マラリアで亡くなったという連絡が入りました。村を離れてわずか2,3日のことで、それまでほかの子供たちと元気に遊んでいる姿を見ていたのでとてもショックを受けました。髪をモミアゲまできれいに編みこんだ味噌っ歯のちいさなザイナブは、親戚のいるミリティーニに学校が年末休みの間預けられていていました。発熱して寝込んだとき、病院に連れて行くお金がその家にはなかったので、痛み止めを飲ませて様子を見ている間に、あっという間に悪化し死んでしまったそうです。
マラリヤの治療にかかる費用は、血液検査とインジェクションと薬代で大体500から800シル、約1000円ぐらいのものです。いつも村の人が病気で困っていると、薬代をカンパしたり病院に連れて行ったりしていたので、自分が村を離れていなければ近くの診療所に連れて行くことができたのにと思うと、なんとも悔しくて今でもいたたまれない思いがします。
このことがきっかにもなって、すばらしい音楽や文化を通じて彼らの生活を少しでもサポートできないものかと考え、ナイロビのキベラスラムや、マサイの村でコミュニティーサポート活動を個人でやっている早川千晶さんとともにJIWE を設立しました。
これまでに2枚のCDを制作、販売し、少しずつ貢献し始めています。
さて、ミリティーニにはたくさんの子供たちがいますが、その中に一人特に体の弱い男の子がいます。カテンベという名前の14歳のその子は病気のために発育が遅れ、わずか5,6歳ぐらいの大きさにしか成長していません。腎臓に障害持って生まれてきたカテンベは、3歳のときすでに右側の腎臓が死に、残されたもう一方の腎臓の機能もどんどん低下していきましたが、いままでろくな治療を施されてこなかったにもかかわらず、どうにかこうにか生きてきました。
腎臓は体液の水分や電解質を調整し、血液中の老廃物を尿にして排泄するとても大切な臓器ですが、カテンベの病気は腎臓と膀胱をつなぐ尿管が生まれつき閉じてしまっているため、腎臓から尿が正しく排泄されず、老廃物がたまり腎炎を起こし、血液中の老廃物も蓄積し、さらに心臓にも負担がかかっています。また血液中の栄養バランスが崩れるため体の発育が遅れ、特に骨が未発達で体重はわずか24kgしかありません。
それでも初めて会ったころはゆっくりとですがまだ歩くこともできていましたが、しかし病状は徐々に悪化していました。
去年の年末からキベラのマゴソスクールで次のアルバムのレコーディングを始めていたので、ナイロビにいることが多くなり、年が明けてからも編集などの作業に忙しく、なかなか村の様子を見に行けないでいました。
村ではキベラから11人の子供たちを引き取って、村の子達と一緒に勉強や生活をともにし、村のコミュニティーの中で一緒に育てようというプロジェクト「ジュンバラワトト(子供たちの家)」をはじめていました。
さらに1月にはいってから2度もバクテリアに感染し、40度の高熱を出して寝込んだりしていため作業が遅れ、やっと仕事がひと段落したのは2月にはいってからでした。
ギターやベースを重ね生まれ変わった音源を子供たちに聴かせようと思い、編集済の曲を数曲CDRに焼いて村に帰りました。
ジュンバラワトトにいくと、カテンベがソファに座っていました。ほかの子供たちは学校に行っています。カテンベは顔がむくみ目はうつろ、まったく元気がない様子でした。カテンベのママはジュンバラワトトのお手伝いをしていて、その日もお昼の仕度をしながら、カテンベの様子を話してくれました。話を聞くうちに、これはひょっとしたらまずいかもしれないと思いました。カテンベは足が痛くて歩くどころか立ち上がることもできず、食事ものどを通らない程弱っていたのです。
カテンベは強い子です。小さな体でゆっくりとしか歩けなくても、意思のしっかりとした目と口元に笑みを浮かべ、「大丈夫だよ、心配ない。」といつも答えていました。が、今ではうつろな目から涙をぽろぽろ落としています。
ナイロビの千晶さんに連絡するとすぐに翌日の飛行機を手配してくれました。モンバサにはまともな医者がいないので、ナイロビにある腎臓センターで診てもらうことにしたのです。
翌朝夜明け前にタクシーで空港に向かい、カテンベを抱きかかえて飛行機に乗り込みました。
腎臓センターのドクタームォンゲラはとても良心的ないい先生です。カテンベの病気はもっと早く見つけて尿管を開く簡単な手術をしていれば、腎臓病に侵されることもなく、すくすく育ち、今頃は元気にサッカーでもしていたはずだといいます。14年間もこんな状態でいたなんて、モンバサの医者は何をやっていたんだと嘆いてもいました。そして、カテンベが助かる方法は2つあるといいました。
ひとつは腎臓移植。両親どちらかの健康な腎臓をひとつカテンベに移植するのです。腎臓は左右2つあり健康であればどちらかひとつなくてもまったく支障ないそうです。そして適正テストなど事前にやるべきことをして条件がそろえば、成功する確率はほぼ100%に近いそうです。
もうひとつは人工透析。カテンベの血液を人工腎臓に通し、血液中の有害物質を取り除く方法です。これをやればすぐにでも体力が回復するそうですが、腎臓そのものは回復しないので、高額な人工透析を一生続けなければならなりません。
できれば腎臓移植をさせたいのですが、これにも莫大な費用がかかります。でもそれでカテンベの命が助かるのならば、みんなで協力してどうにかその費用を集めたいと思いました。もしこのまま何もしないでいたら、3ヶ月と持たないでしょう。
そしてここに、カテンベ腎臓移植基金を設立します。
移植手術にかかる費用は訳500万円です。
少しでも多くの人が協力してくれれば何とかならない金額じゃないと思います。
ケニアではこうやってみんなでお金お集めることをハランベーといいます。ハランベーで建てた学校もたくさんあるそうです。カテンベの命を救うハランベーに是非協力してください。また、身近な周りの人たちにも協力を呼びかけてください。
一人1万円ずつでも500人集まれば、ひとり1000円ずつだって5000人集まれば、小さなカテンベは生き延びることができるのです。
それぞれのできる範囲で良いのでどうか協力してください。そしてみんなでカテンベの命を助けよう!

郵便局普通口座 アマニヤアフリカ
口座番号 02280 7 65465


振込み用紙の通信欄に「カテンベの腎臓移植基金」と書いてください。それからケニアから振込みの確認ができないので、できれば振込み後、振込み額と名前(個人または団体名)をメールで連絡していただけるとありがたいです。
keep_music@hotmail.com
UPEPOアフリカの風ネットワーク
JIWEホームページ
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by keep_music | 2006-02-23 15:27 | 基金の設立にあたって