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近況報告 2006年6月24日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先
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写真、左から、カテンベ、家庭教師のオティエノ先生、妹のメジラ


お母さんが気を失って倒れてから3日たちました。ご心配かけてすみません。目を覚ましたら「いったい何だったのだろう」と本人もよくわからないみたいです。
たくさんのヒーラーの方々が遠隔ヒーリングを送ってくださいました。心から感謝です。ありがとうございます。
家族みんなで元気にがんばれますよう、これからもどうかよろしくお願いします。

さて、今日はオティエノ先生を紹介します。
カテンベは5年生から学校に行けなくなったけど、ナイロビで闘病生活をはじめてからしばらくして、近所に住む苦学生のオティエノ君が勉強を教えに来てくれるようになりました。
オティエノは私の友達・オニャンゴの弟です。
オニャンゴも苦学生でしたが、ナクルのエガトン大学の学生時代にキベラスラムのマゴソスクール(私の学校)にボランティアで教えにきてくれていました。
彼らのお父さん、お母さんは、病気で死んでしまい、それからあとはおじさんのババデニスが学費を払ってくれて、なんとか学校に行くことができました。
オニャンゴは、親を失ってとても苦労したけど、助けてくれる人がいた。だから自分も困っている子供たちを助けたいんだ。と言って、ボランティアをしていました。
マゴソスクールの子供たちが最初に音楽活動をはじめたのは、オニャンゴが指導してくれたおかげです。
今、弟のオティエノは、ババデニスの家で居候しながら専門学校に通っています。
ババデニスの家は、カテンベの家の下にあります。
キベラプラザというアパートで、カテンベの家は4階、ババデニスの家は3階です。
オティエノ先生はババデニスと2人暮らしなので、料理の担当です。テレビでサッカーの試合がある日は、サッカーを見てからごはんを作るので、食べるのは夜の12時を過ぎてしまう(笑)
男2人暮らしなので、仕方ないですね。
ババデニスの奥さんは、エイズで亡くなりました。エイズの闘病が10年くらい、とても大変でした。彼女、メリーは私の友達でした。とても苦しんで亡くなりました。そのころケニアではまだエイズの薬はとても高くて、一か月分が普通の人の月給の何倍もするような金額でした。
ひとり息子を残して死んだので、彼女はさぞかし、心残りだったと思います。息子のデニスは、今では高校生です。デニスは、学校が休みのときは、いつもマゴソスクールに入り浸っています。(ほとんど住み込んでいるくらいです。)
ババデニスやオティエノ先生はクリスチャンだし、カテンベ一家はイスラム教徒ですが、そういう宗教の違いは関係なく、とても仲良しです。一緒にごはんを食べるとき、みんなで一緒にキリスト教のお祈りをしたり、イスラム教のお祈りをしたりして、私や匡哉も「いただきま~す」と言ったりして、みんなで食べます。
さて、オティエノ先生が家庭教師をしてくれて、カテンベは勉強をがんばっています。学校に行けなくなってからだいぶ時間がたっているので、もう一度4年生からやり直しています。
オティエノ先生はすべての教科をとても丁寧に教えてくれます。
ちょうどケニアの公立小学校では中間試験が終わったところです。この中間試験の試験用紙を、マゴソスクールからカテンベにもわけることになりました。
さあ、来週は試験だよ、と言われて、カテンベは、「おおおお!!」という顔をしました。困ったような、嬉しいような、恥ずかしいような顔でした。
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by keep_music | 2006-06-26 12:53 | 経過報告
近況報告 2006年6月21日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

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写真中央がお母さんです。

昨日の夜、カテンベのお母さんが倒れて、一時意識を失いました。
夜中12時ごろ、トイレに立ったところで倒れたそうです。
突然のことで、子供たちはどうしていいかわからず、お母さんのそばで泣いていたそうです。
意識が戻るのに1時間ほどかかったとのこと。
今日になってその話を聞いて、びっくりしました。
数日前から頭が痛かったとのこと。
とりあえず血圧を測り、安静にして休んでもらうようにしました。
血圧は正常でした。
一体どうしたのだろうと匡哉と話し合いました。
カテンベが診てもらっているナイロビ腎臓センターのムウォンゲラ先生に、お母さんも検査をしてもらっています。
腎臓提供者であるお母さんの健康状態は、腎臓移植手術を行うための重要なポイントでもあります。
ムウォンゲラ先生の検査では、お母さんに十二指腸潰瘍があることがわかり、その治療をしています。
それ以外は正常だと、先生には言われていました。
十二指腸潰瘍は、ストレスが原因であることが多いと聞きました。
カテンベの闘病で慣れないナイロビ暮らしをしていること、村に残してきている小学生の娘のアミナのことが心配なこと、
今後のカテンベの手術が心配なことなどが、ストレスの原因になっているのではないかと思いました。
心配や不安があるけれど、それを口にすることができず、がまんしているのではないかと思います。
腎臓提供者である自分がしっかりしなければ、と、お母さんにはとても大きなプレッシャーがあるだろうと思います。
今回、意識を失って倒れたことも、ストレスが原因になって体調に異変をきたしたのかもしれない、と思います。
これからもっと詳しく検査をしていくことになりますが、お母さんの体調が心配です。
とりあえず、自然療法で調べた対策をおこなってみます。
ヒーラーの方々から、カテンベに遠隔ヒーリングをしてくださっているとメッセージをいただきました。
お母さんのためにも、ヒーリングパワーを送ってくださると、とてもありがたいです。
どうかよろしくお願いいたします。
お母さんの名前は、
Siri Mwaka Athumani Masai (シリ・ムワカ・アスマニ・マサイ)
生年月日は、1965年3月8日 です。

今日はお母さんは大丈夫だと言っているものの、心配です。
これからお母さんのことも注意していかなければと思います。
よろしくお願いいたします。

早川千晶
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by keep_music | 2006-06-22 12:19 | 経過報告
2006年6月19日付け会計報告

早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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基金口座振込み先

2006年6月19日付け会計報告
内容の説明:
●透析費用ですが、今まで1回8800シリングだった料金が、8500シリングに値下げしてもらえました。
それと、1回は、具合が悪くなって途中で中断しなくてはならなくなったので、6700シリングでした。

●透析は、週3回から週2回に減らすことができました。
ですがこれも様子を見ながらなので、もしも様態が悪くなった場合は、回数を増やすことになります。
今のところは、月・金の週2回で落ち着いています。

●一番下の妹のメジラは、まだ3歳なので、母親についてくるしかありませんでした。
もうひとりの妹のアミナは7歳ですが、ミリティーニ村に残し、キベラの子供たちが暮らしているジュンバ・ラ・ワトト(子供の家)で生活しています。
彼女の生活費は、ジュンバ・ラ・ワトトのほうで払っています。
ナイロビに連れてこなければならなかった妹のメジラは、5月から幼稚園に通うことになりました。
小さな子供を連れて、お母さんが身動きが取れない、カテンベを透析に連れて行くのもメジラを抱っこしながらだと大変だというのが大きな理由です。
彼らにとって慣れないナイロビ暮らしですが、少しでもナイロビでの生活のストレスが軽減されるほうが良いと思います。
そのため、5月からメジラが幼稚園に通えるよう、幼稚園の学費をカテンベ基金から出していただくことになりました。
それと、カテンベの家庭教師のオティエノ先生の謝礼、月額2000シリング(約3000円)は、4月分までは私が個人的に出していましたが、5月分から、基金から提供していただくことになりました。ありがとうございます。
苦学生のオティエノ先生は、彼自身も生活が苦しい中、カテンベのために多大な協力をくださっています。オティエノ先生に来てもらえるようになってから、勉強をはじめたカテンベはとても変わりました。とても元気が出てきました。

●5月に私が1週間日本に行ったときに、現金で手渡しで募金を渡してくださった方々がいました。
日本にいる間に郵便局に行く時間がなかったので、その現金を振り込むことができず、私はそのまま現金でナイロビに持って帰りました。
なので、その分は、「ケニアで集まった募金」の項目に入れました。
アフリカンフェスタでの、カテンベチャリティグッズの販売収益(私がケニアから持っていったビーズのキーホルダーの売り上げ)、
アフリカンフェスタで販売したカテンベポストカードの売り上げも、そこに含んでいます。
アフリカンフェスタのとき以外に販売されたカテンベポストカードの売り上げにつきましては、「日本で集まった募金合計」のほうに入金されます。
ありがとうございました!

●「募金目標金額」に関しては、前回の報告と同じ金額をとりあえずの目安として掲載していますが、目標金額は、これから見直しをします。
手術をするのがインドになるか、ケニアになるかが決定したら、かかってくる費用の計算がしやすくなります。
なので、今後の方針が決まり次第、目標金額を計算しなおそうと思っています。

●インドのコーチンの聖者アンマさんの医療施設では、おおよそですが以下の費用がかかると教えていただきました。
手術費用 約50万円
手術後の薬代(一生飲みつづける) 月額およそ2万円

このほか、渡航費用、家族が3ヶ月間インドに滞在する滞在費などかかりますが、これらの費用の予算を、およそ100万円以内で考えています。(カテンベと両親。)
すると、とりあえず基金に残金が200万円あれば、インドでの手術に踏み切ることは可能だと思います。
現在の残高、約220万円ですので、今の時点でインドでの手術は可能だと考えています。
あとはインドの病院について調べ、相談をさせていただき、決定したら申し込みをして、渡航手続きをします。
今からカテンベと両親のパスポート取得の手配をします。

手術にだいぶ近づけたという実感があります。何とか年内に手術ができますよう、これからもどうか支えてください。よろしくお願いいたします。
早川千晶




会計報告(7)

2006年6月19日付け会計報告


募金目標金額
14,526,365円

募金合計金額(日本&ケニア合計)
US$100 + 3,772,435円+15,050ksh

6月7日までの支出合計
1,635,903円


現在の残金 US$100 + 2,136,532円 + 15,050ksh




●現在の募金状況(2006年6月9日現在)

日本で集まった募金合計
3,593,435円

ケニアで集まった募金合計
US$100 + 179,0000円+15,050ksh

合計 US$100 + 3,772,435円+15,050ksh




募金状況:期間ごとの内訳

日本での募金

2006年2月20日~2月28日   
239,000円

2006年3月1日~3月7日
828,685円

2006年3月8日~3月18日    
316,490円

2006年3月19日~3月27日   
85,000円

2006年3月28日~4月5日   
494,700円

2006年4月6日~4月26日
688,891円

2007年4月27日~5月31日 
852,845円

2007年6月1日~6月9日  
87,824円

ケニアでの募金

2006年2月20日~3月7日
7,000ksh + 30,000円

2006年4月12日 15,000円

2006年4月24日 1500ksh

2006年4月30日  10,000円

2006年5月20日~25日
US$100 + 6550ksh + 124,000円




これまでの支出

支出報告(7) (5月3日~6月7日)

1)透析費用 5月5,8,10,12,15,18,22,24,26,29日,6月2,5日の12回
101,100ksh

2)交通費(透析往復)
6,980ksh

3)食費
19,452ksh

4)携帯電話プリペイドカード
3,000ksh

5)薬代
29,181ksh

6)キベラプラザセキュリティ(5月分)
160ksh

7)キベラプラザ家賃(5月分)
10,000ksh

8)血液検査
2,800ksh

9)メジラ(妹)幼稚園の制服
720ksh

10)メジラ(妹)幼稚園の学費(5月分)
800ksh

11)カテンベの家庭教師謝礼(5月分)
2,000ksh

合計 176,193ksh




支出報告(1) 429,493ksh
(÷0.60=715,822円)

支出報告(2)  79,072ksh
(÷0.60=131,787円)

支出報告(3)  57,423ksh
(÷0.58= 99,005円)

支出報告(4)  43,256ksh
(÷0.58= 74,579円)

支出報告(5) 71,727ksh
(÷0.58=123,667円)

支出報告(6) 108,612ksh
(÷0.58=187,262円)

支出報告(7) 176,193ksh
(÷0.58=303,781円)


支出累計 965,776ksh (1,635,903円)
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by keep_music | 2006-06-21 21:43 | 会計報告
近況報告 2006年6月16日
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早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

写真は、
カテンベ(右・14歳)と妹のメジラ(左・3歳)
「テレビの前で、ワールドカップ応援してます!」


カテンベと、カテンベの両親と共に、手術のことについて具体的な話し合いをしました。
今回の話し合いのポイントは

1)そもそも、手術を本当に受けたいか?受けたくないか?
受ける、受けないの両方の、リスクと、メリットをできるだけ詳しく説明して、カテンベ本人もよく理解できるようにする。
2)手術を受けるなら、ケニア、インドのどちらにするか?
ケニアとインドの事情の両方を説明して、カテンベ本人もよく理解した上で、選択する。
・・・と、こういう内容についてでした。

「インドでの手術」について、
ナイロビ腎臓センターのムウォンゲラ先生から紹介されているのは、インドのAhmedabad にある腎臓研究センターでした。
資料をもらい、私もその資料を読んだり、調べたりしてみましたが、どうも、私は気乗りがしていませんでした。
それは、昔、私はAhemedabad に行ったことがあり、この町にあまりよい印象を感じなかったせいでもあります。
でも、そんな「気のせい」みたいなことを言っても仕方がないので、冷静に判断しなければと思っていました。
たったひとつの受け入れ先で判断するのではなく、もっといろいろ調べてみなければと思っていました。
ナイロビ腎臓センターの透析常連者とも、カテンベはいろいろおしゃべりをして情報収集しているようですが、インドでの移植手術については、「看護婦さんが親切にしてくれない」「食べ物が辛いものばかりでつらい」という体験談を聞いていて、カテンベとし

てはちょっと不安な気持ちもあるようでした。
でも、誰に聞いても、インドの技術は高い、といいます。
機械などの設備も高度だし、ケニアとは比べ物にならない、というのが、常識のようです。

「ケニアでの手術」について、
これは、やはり、手術後の対策が最も難しいところだという見解を、誰もが持っています。感染の対策がちゃんとしていないせいで、不安があります。
それなのに、料金が高い。
なんだか、料金の高さに質がともなっていないのが、納得できないところです。
メリットはやはり、家族のすぐそばにいれる、という安心感だけです。

こんなわけで、私としては、インドも、ケニアも、両方とも、もろ手をあげて賛成できないような、心の中になんとなく納得できないひっかかりみたいなものがありました。
だけど決めなければならない日は迫っているし・・・
とにかく話し合いをしなければならない、と思ったけれど、気が重かったというのが正直なところです。
いずれにしても、「これがベスト!」と思えるような状況ではなかったからです。

そうしたら、話し合いをしようとしていた日の朝に、メールが届きました。
この前このブログに書いた近況報告を読んでくれて、仙台から、石原お母さんと、ヒーラーの小澤さんが、ほとんど同時に、良い情報を届けてくれたのでした。
なんでも、南インドに、アマチさん(アンマ)という聖者の方が作られたすばらしい医療設備の整った医療施設があるというのです。
AIMSといって、高度な医療を安価に受けられる医療施設だそうなのです。
http://www.amritapuri.org/health/aims/aims.php

思わず、「南インドのどこですか?」と私は聞きました。
すると、「コーチンです」という返事。

この偶然に驚きました。
というのは、私、大西匡哉、師匠マテラさん、若者タイコ叩きのバーティ、ダンサーのマシャカの5人は、8月4日出発で、この、コーチンに行く仕事が入っているからです。
(マテラさんとバーティは、カテンベのおじさんにあたります。)

このお仕事は、ピースボートに水先案内人(講師)として乗せていただくお仕事です。
コーチンからモンバサまでの船の中で、私はキベラの講演や勉強会などをさせていただき、その他の4人は音楽のライブやワークショップを行います。
8月6日にコーチンで、原爆の日の平和イベントを行うということで、そこから参加させていただくことになっています。
本当は、6日の朝にコーチンに到着していればよかったのですが、飛行機が満席で取れず、1日早く到着することにスケジュールが決定していました。
8月5日の朝にコーチンに到着して、1日、フリータイムがあるのです。
せっかくのフリータイムがあるから、カテンベの病院について下見でもしたいよね、と匡哉と話し合っていましたが、ムウォンゲラ先生に紹介されていたAhmedabad は遠いので、無理だと思っていました。

ところが、今、こうやってコーチンの優れた病院を紹介してくださる方が登場しました。
これにはほんとにびっくり。そして、とても嬉しく思いました。
ぜひ見学してみたいし、なんだか希望が出てきました。

ケララ州やコーチンも、私は以前、行ったことがあるのですが、私はとても良い印象を持っていたのです。人々がとても温かく、のびのびとした良い空気が漂っているところだと感じていました。
なので、このメールを見て、「コーチンならば、最高だな!」とすぐに思いました。
インドの伝統医療もさかんなところだと思います。

この、アマチさんの病院については、これからもっと情報を調べないとわからないけれども、8月に下見に行けるということで、とても前向きな気持ちになってきました。

こういう情報を持って、カテンベのところに相談に行きました。

ところで、カテンベですが、ここのところとても元気が出て、見違えるように顔が生き生きと輝いているのです。
いや~、なんだかすごく元気だよね、調子よさそうだけどどうしたの?と聞いたところ、匡哉に、「ワールドカップがはじまったからだよね」とからかわれていました。
そうなんです! カテンベが待ちに待ったワールドカップがはじまり、カテンベは、見違えるように元気が出てきました!
カテンベの家にはテレビがありませんので、近所の人のおうちでテレビを見せてもらっています。
とにかくカテンベはサッカーが大好きです。
一番応援しているのはブラジルです。
ワールドカップがはじまるにあたって、ブラジルをサポートするために、ブラジル応援Tシャツをカテンベは匡哉と一緒に買いに行きました。
ところが、ブラジルのはカテンベサイズがなく、仕方ないので、スペインTシャツを買ってきました。
カテンベに会いにいったら、妹のメジラとともにおそろいのスペインTシャツを着て、やる気まんまんでした。
日本の選手も、ほとんどの選手の名前が言えます。
あのときのプレーは、こうで、こうで、こうなって・・・ と、とても詳しく解説をしてくれます。
なんだか、心なしか、カテンベの足取りも軽くなったようです(笑)。
自由に動けないカテンベだけど、テレビの中で見る憧れの選手たちの華麗な動きに、自分の心も乗っかっているみたいです。

そんなわけで、カテンベの顔の元気の勢いが、今までとまったく違うことに私はびっくり。
ほんと、スポーツって素晴らしいですね。テレビで見ているだけでも、こんなに元気をくれるとは。

ワールドカップのおかげで、カテンベは絶好調。
調子があがってきて、透析も、週3回が週2回に減りました。
今は、月曜、金曜の週2回の透析で、とりあえずの様子を見ているところです。

さて、この絶好調の波に乗り、手術についての話し合いをしました。
お父さん、お母さんはやはり、費用のことや、いろいろなことで不安がたくさんあるようです。
だから私は、カテンベに、「費用のことは心配ないんだよ。お金の心配はまったく考えずに、カテンベがどうしたいか、ということで決めていいんだよ。どういう道を選んでも、ずっとサポートするから安心してね。」と言いました。
カテンベは、とても柔軟な子です。そして、ほんとにしっかりしています。私や匡哉がこうやって話をすると、その話の真意みたいなものを、とても敏感に察知します。そして、深いところまで理解しようとします。それが伝わってきます。
だから、私や匡哉が不安に思っていたら、それもすぐに伝わるし、反対に、私たちが安心したり確信したりしていたら、それもすぐに伝わるのです。

正直、カテンベのお父さんとお母さんと話をしていると、私のほうは、不安な気持ちになってくることも時々あるのです。
お父さん・お母さんもストレスたまって大変ですから、カリカリしてしまうときもあります。無理も無いことです。
だけど、カテンベと話をすると、私はなんだかいつもすごく安心するのです。不思議なものです。
カテンベと話をしていると、一番大切なことが見えてくるような気がします。

今回、私がいろいろ説明したあとで、カテンベは、とても力強くうなずいていました。
そして、彼の結論をはっきり言いました。

彼の結論としては、
「まず、ケニアで手術を受けるのは、いやだ。それ以外だったら、どういう決定になっても、僕はOK。インドで手術というのも、OK。
すぐに手術できなくてしばらく様子をみよう、ということでもOK。他の医療を試してみよう、ということでもOK。
だけどとにかく、ケニアで手術をすることは、いやだという気持ちです。それ以外だったら、なんでもOKだよ。がんばるよ。」
という、はっきりとした返事でした。

これによって、とりあえず、インドで手術を受けるということを優先した計画を立て直すことになりました。
それに向かって、みんなで、前向きに動き始めることができそうです。

当初の、7月1日手術目標は、かないませんので、仕切りなおしをします。

今後の計画としては、以下です。

8月までの間に、情報収集をすることと、インドの病院にコンタクトをとる。
8月5日に、コーチンで病院の下見に行き、お医者さんにも相談に乗ってもらう。
ケニア側でのハランベー(募金集め)は、7月末をめどに、できるだけのお金を集める。それと同時進行で、今からカテンベ、カテンベの両親のパスポート取得の手続きを開始する。

コーチンの病院の見学をしたあと、そこに決定したら、すぐに申し込みをする。
(手術費用のデポジットを送金して申し込みをする。)
話によると、申し込みをしてから準備に1ヶ月くらいかかるとのこと。
航空券などの手配をはじめる。

私、大西匡哉、マテラさんは、9月16日ごろ~10月20日ごろまで、日本ツアーが入っているので、
インドに出発できる日程の目安としては、11月1日と仮に設定する。
手術前に1ヶ月間の入院が必要だということなので、手術目標は、12月1日と仮に設定する。
手術後は2ヶ月間の入院が必要だということなので、ケニアに帰ってこれるのは、2月初旬ということになります。

このように計画を仕切りなおして、この目標にそって、これから動いてみたいと思います。
手術費用や、手術後の医療費について、まだまだお金を集めないといけないので、引き続き、募金への呼びかけのほうも活発に行っていきたいと思います。

以上がとりあえず現時点で話し合ったことです。
これからもっともっと煮詰めていきたいと思います。
応援してくださっている皆さんのおかげで、すごく希望が生まれてきたように思います。心から感謝です。
これからもどうかよろしくお願いいたします。

早川千晶
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by keep_music | 2006-06-19 18:24 | 経過報告
近況報告 2006年6月13日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

5月に日本に行ったときに、U先生という小児科医の先生にお会いして、相談に乗っていただきました。
U先生はとても笑顔のステキな、真心のお医者さんという雰囲気の方でした。
カテンベの血液検査の数値なども見ていただきました。
カテンベが最初にナイロビに来て治療を受け始めたときの数値は、日本ではなかなかもう見られないような完全な腎不全の数値だ、ということでした。普通に医療が受けられる日本でならば、ここまでの状態になる前に何らかの治療を施すので、ここまでの数値というのはまず見ることはない、というほどのものだったようです。
これは、とても普通に生活ができないような状態の数値であるけれども、子供の場合、ときどき、考えられないことが起こることがあるのだ、と先生はお話されていました。
検査の結果だけを見ると、とてもこれで普通に生活しているとは信じられないような状態の子供が、元気に走り回っている、ということが、奇跡的にだけれどたまにあるのだそうです。
長い時間をかけて徐々に悪くなっていった場合、体は、その悪い状態に適応していき、なんとか普通の状態を保つようにがんばるのだそうです。
カテンベの場合も、相当長い間、病気がだんだん悪くなりながらも、体は一生懸命それに対応して生きてきたのだろう、とおっしゃっていました。
さて、人工透析についても、いろいろアドバイスしていただきました。人工透析は、働かなくなった腎臓にかわって、体内の老廃物を取り除く作業をしてくれるけれども、腎臓の機能というのはそれ以外にもたくさんあるわけで、透析というのは万能ではなく、腎臓の機能をすべて満たしてくれるわけではない。だから、透析でとりあえず現状維持はできるけれど、現状維持以上のものではありえない。(カテンベの場合、透析をしているだけでは、これ以上成長しない。) それと、透析は永遠にやり続けられるものではないかもしれないと思っていたほうがいい。血管がもたなくなったら、透析を続けられない。
・・・・と、このようなことをお聞きしました。
カテンベは、2月に透析をはじめてから、ずっと、体重24kgから変化しません。(透析を受ける前とあとでは、だいたい、1kg弱くらい体重が減ります。)
カテンベは6月21日の誕生日で15歳になるのに、これから先ずっと、体重24kg以上に育つことができないのか。
先生がおっしゃるには、腎臓移植をしなければ、これ以上に成長することは無理でしょう、ということです。腎臓が働いていなければ、カルシウムを生産することができないから?ということのようです。
今のカテンベの状態は、腎臓は両方ともほぼ完全に働いていませんので、カルシウム不足を補うために、骨を溶かして、血中のカルシウムの度合いを体が保とうとしているのだそうです。だからカテンベの骨はもろいし、骨盤が成長していないのでうまく立ったり歩いたりすることができません。
とりあえず透析を受け続けて命を維持することができても、それでは、カテンベはこれ以上成長できないし、元気に立ったり歩いたりすることもできない。妹や弟や同級生はどんどん大きくなっていくのに、カテンベは大きくなっていくことができない。
ようするに、腎臓移植をしなければ、カテンベは現状から一歩も先に進むことはできないのだ。ということがあらためてわかりました。

さて、腎臓移植手術に関して、危険がないわけではありません。
特に、ケニアの病院では、手術後の感染に対する対策が甘いので、そこが最も心配されるところだということです。
先日、腕のシャントを使えるようになったから、肩のほうから入れていた管をはずしたのだけれど、そのときに、ひどく感染して、リンパ腺がパンパンに腫れあがり、薬を飲んでもなかなか腫れがひかず、カテンベはとても苦しみました。そのことについて先生は、「その程度のことでそんなにひどく感染させてしまうようだと、手術のときにどうなってしまうのか心配だ」とおっしゃっていました。
2月に基金を立ち上げてから、腎臓移植手術を受ける目標を、7月1日に設定していましたが、6月中旬になった現在、この7月1日手術目標は果たせないので、次の目標をどのように定めるかについての話し合いを、今週、カテンベと、カテンベの家族、私、大西匡哉の間で話し合います。
現状で、すぐに手術が受けられない最大の理由は、費用がまだたまっていないせいです。
いろいろ調べた結果、手術を受ける可能性としては、ケニアか、インドか、このどちらかにしぼろうと考えています。
インドで手術を受ける利点は、ケニアよりも費用が安く、ケニアよりも技術が高いことです。しかし、やはり、家族がいるアフリカからカテンベを引き離すということに不安があります。
慣れない土地での不安や心細さが、状態にも影響してくるかもしれません。
やはり、たくさんの家族や友達がいるアフリカで、みんなに見守られながら手術を受けるのが一番良いのではないかと思いますが、技術面や、医療のクオリティで不安があります。
ケニアでは、透析の機械も、子供用の機械がなく、大人用で代用しています。
それと、手術後は、移植した腎臓の適合性を高めるために、大量の免疫抑制剤を投与しなくてはならないそうですが、そのせいで、免疫が完全になくなったような状態になるため、完全無菌状態におかなければならないそうです。風邪の菌でも命とりになってしまうそうです。ケニアでは、この対応が十分できるかどうかが、不安なところです。
この、手術前1ヶ月と、手術後2ヶ月というのが、とても大切な時期で、この時期をどう乗り切るかがカギだということです。
インドで手術を受けるならば、ケニアよりも費用がだいぶ安くなりますから、今の時点でも費用としては何とかなりそうではあるのですが、インド滞在も最低でも3ヶ月になること、それ以上になるかもしれないこと、など考えると、簡単にはインドでの手術に踏み切ることができません。
ケニアで手術を受けるためには、まだお金が足りません。
なんとか7月1日目標に間に合うようにしたかったのですが、無理でした。
今後の目標としては、私、大西匡哉、マテラさんが9月から10月にかけて日本に行きますので、そのときにどのような動きが生まれてくるか。それによって資金集めがどのように進むか。というのがポイントかと思っています。できれば、それで年内に手術にのぞむことができればと思っているのですが、まずはカテンベと家族の心構えが大事ですので、話し合いをしたいと思います。

上記のように、ケニアでの手術は簡単ではありませんが、そこに、とても心強いサポートが生まれてきました。
様々なつながりがつながりを生んで、今、世界各地のヒーラーの方々から、不思議なご縁でたくさんご連絡をいただくようになってきました。
祈りや、手を当てることによって、そして、体内に光を注入することによって、など、様々な方法での癒しを実践されているプロのヒーラーの方々が、あちこちからサポートをしてくれています。
ロンドンのケニア人カレンと、ナイジェリア人のジョセフィンは、祈りによって奇跡を起こすヒーラーですが、全力をあげてカテンベをサポートしてくれています。
松山の万寿さんは、ケニアまでヒーリングに来てくださっただけでなく、その後も、たくさんの方々にカテンベの話をしてくれて、そのご縁で遠くからサポートしてくださる方々とつながってきました。さらに、関東や、東北のヒーラーの方々からもご協力をいただいています。
これらの貴重な出会いは、偶然ではないという気がします。何しろ、これだけの短い期間で、なぜこれほどたくさんのヒーラーの方々に出会うことができたのでしょう。とても偶然とは思えません。本当にありがたいと思います。
ケニアでの手術は簡単ではないけれど、こうやって、世界中のあちこちから、ヒーリングパワーを送っていただいてサポートしていただいたら、うまくいく可能性があるかもしれない!という希望を感じています。
手術が決まったら、その方向と時間に集中してカテンベをヒーリングパワーで支えていただけたらと願っています。
そのためにはカテンベについてどんな情報が必要でしょうか? できるだけたくさんの写真があったほうがいいのかな、とか想像していますが、どんなことでもアドバイスいただけるようなことがあれば、ぜひおしえてください。ecotour@gol.com までメールいた
だけますと幸いです。

「天上のシンフォニー」という小説をお書きになった、作家の伯宮幸明さんからも、とても温かいメールをいただき、とても感動しました。
6月24日に開催される、「天上のシンフォニー・地球際」というイベントの収益の一部を、カテンベ救済基金に提供してくださるということなのです。http://www.goldentemple2012.com/chikyusai.html
実は私、5月に日本に行った際に、アマニ・ヤ・アフリカの石原お母さんが、「この小説、すばらしいからぜひ読んで」と言って、私に「天上のシンフォニー」をくれたのです。
それで、ケニアに帰ってきてから私もさっそく、この本を読みました。とてもワクワクする内容で、そして、たくさんのメッセージがつまった小説でした。
読み終わって数日後に、著者の伯宮さんからメールをいただいたので、本当にびっくりして、とても感動しました。

では、カテンベとの話し合いの結果も、また追って報告させていただきたいと思います。
匡哉は、CD制作の大詰めで大変そうです。6月中になんとか形にしたいと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。


早川千晶
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by keep_music | 2006-06-13 22:36 | 経過報告
近況報告 2006年6月2日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

5月19日から26日まで、日本に行ってきました。東京、仙台、神戸、倉敷で、多くの方々にお会いできて、本当に嬉しかったです。心からお礼申し上げます。本当にありがとう! はるばる九州や北海道など、とっても遠くから足を運んでくださった方々もいました。日比谷公園のアフリカンフェスタでは、アマニ・ヤ・アフリカでお店を出して、カテンベチャリティグッズの販売を行いました。カテンベが描いた絵を使って、仙台の山田君がとってもステキなポストカードをデザインしてくれて、3枚セット300円で販売したのですが、たくさんの人々がこれを手にとってくれて、「かわいい!カテンベ君、がんばってね」と言って買っていってくれたのが、涙が出るほど嬉しかったです。私はケニアから、ビーズで作った小さな象と、マサイのキーホルダーを持っていきました。これも、完売!
このブログでカテンベの話を読んでくれていた人々が、「カテンベ君の様子は、どう?」と、親しいお友達の近況を尋ねるように声をかけてくれました。みんな、なんて温かいのだろうか、と、涙が出そうになりました。
仙台と、東京のJR中野駅前で、はじめて街頭募金にも挑戦しました。仙台と東京の10代~20代の若者たちが中心になって、たくさん駆けつけてくれて、みんなで街角に立ってカテンベのことを話し、協力を呼びかけました。はじめの一声、すごく勇気がいるのですね。ざくざくと通り過ぎていく雑踏に向かって呼びかけるのは、正直いって、すごく怖くて、足はすくむし、声はへなへなとなってしまうし・・・。一緒に立ってくれたみんなも、もちろん同じように怖かったはずだと思います。だけど、思いきって声を出してみる。無関心に通り過ぎていくように見える雑踏に、呼びかけてみる。すると、立ち止まってくれる人がいました。ずーっと向こうまで通り過ぎていったのに、また引き返して戻ってきてくれる人がいました。立ち止まって、詳しく話を聞いてくれる人がいました。自分の病気について話してくれる人がいました。がんばってね、と声をかけてくれる人がいました。何の募金なのか、内容もわからないのに何気なく小銭を入れる、という人はいなかったと思います。みんな、立ち止まってビラを読んでくれたり、話している内容を聞いてくれたり、カテンベの写真を見て、カテンベの病気の内容を知って、その上で、募金をしてくださったと思います。
私は、本当に嬉しかったです。街頭募金でこんなに感動するとは思ってもいませんでした。かつて、東京の雑踏は、私にとってとても怖い存在でした。たくさんのたくさんの人が歩いているのに、その人波の中で、とても空虚で寂しくて怖い気持ちに襲われることがしょっちゅうありました。だけど、勇気を出してそんな人波に話しかけてみると、しっかりと反応が返ってきた。みんな、本当は無関心なんかじゃないんだと思います。こんなふうに、誰かの心に響いてくれて反応が返ってきてくれる。なんともいえない、感動の気持ちでいっぱいになりました。
仙台で、すばらしい団結力で大活躍してくれた宮城学院大学の皆さん、富永先生、新潟から駆けつけてくれたともこさんとマッチ、東京からムビラを持って駆けつけてくれたおのっちとかわらちゃん、アマニ・ヤ・アフリカの皆さん、東京で雨に濡れながら街頭で叫んでくれたピースボートの皆さん、東京での街頭募金を可能にしてくれた篠原さん、講演会を企画してくれたTUNAPENDA AFRICAの皆さん、ステキなチラシを作ってくれた米澤さん、販売を手伝ってくれた二本木さんと澄佳さん、いつも励ましてくれる助友先生、倉敷でお世話になった西山さん、そして、たくさんの、会場や街頭で声をかけてくださった皆さん、ここでは名前があげきれないけど、いつもいつも、温かい気持ちを寄せてくれるみんな。本当にありがとう!
5月末までの会計報告を用意しているところです。計算が終わりましたら、近日中にUPさせていただきますので少々お待ちください。5月末までの募金の総額は、3,505,611円となりました。横浜ハランベの皆さんも、ずっと継続して協力してくださっていて、心から感謝です。
日本からケニアに帰ってきたその日に、すぐ、カテンベに会いに行きました。日本でたくさんの人々が「カテンベ!元気でがんばれよ!」と励ましてくれてるよ、と話したら、すごく嬉しそうな顔をして、目を輝かせていました。
では、また報告させていただきます。心からの感謝をこめて! 早川千晶
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by keep_music | 2006-06-05 12:56 | 経過報告