近況報告 2006年7月25日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
イベントのお知らせ
基金口座振込み先

昨日カテンベが退院しました。
輸血が効いてヘモグロビンの数値があがり、様子もだいぶ落ち着きました。
お医者さんに「もうこれ以上病院にいても、できることは何もないから、とりあえず家に帰って休みなさい」と言われて退院することになったのです。

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# by keep_music | 2006-07-26 11:55 | 経過報告
近況報告 2006年7月23日 
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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カテンベ、なんとか持ち直しました。
今日の午前中まではまだ朦朧としていたのですが、昼過ぎごろからは意識もしっかりしてきて、夜には冗談とばすくらいになりました。
今日、集中治療室から出ることもでき、リモコンでびよーんびよーんと動くベッドに寝てリモコンで遊んで喜んでいました。
昨日、キベラから献血にきてくれた仲間たちの血を輸血したのがとっても効いたようです。

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# by keep_music | 2006-07-26 11:52 | 経過報告
近況報告 2006年7月23日 
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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いま病院から帰ってきました。
今日は2人分の献血分を輸血しました。

カテンベはとてもがんばっています。
でも心臓がとても弱っているということで、匡哉とお母さんと話し合ってできるだけ早くインドに向かえるように手配をはじめようということになりました。

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# by keep_music | 2006-07-24 01:06 | 経過報告
近況報告 2006年7月22日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
カテンベの紹介
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カテンベが集中治療室に入って3日たちました。
7月6日に具合が悪くなって入院してからあと、状態が良くなって7月10日に退院しました。
ところが7月19日の深夜、また急激に具合が悪くなりました。心臓が痛い、息ができない、血圧が急激に上昇し、高熱を発し、緊急に入院したのです。

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# by keep_music | 2006-07-24 00:53 | 経過報告
緊急連絡「献血のお願い」
「献血のお願い」
2006年7月22日

早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
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カテンベが3日前の夜中に調子が悪くなり、再度入院しました。MP・SHAH病院のICU(集中治療室)にいます。
肺炎だということです。
輸血をしましたが、昨夜また様態が悪くなりました。
重度の貧血のため、再度輸血が必要です。

ナイロビ在住の方に、献血をご協力いただけませんでしょうか。
血液型はなんでもよく、JUMA HAMISI KATEMBE のため、と言っていただいて献血したら、カテンベに合う血液がもらえます。
そうやってカテンベのための血液ストックがあれば、今後の緊急の際にもそのストックで輸血をしてもらえます。
今日献血ができない方でも、また今後のために役立ちますので、可能な方はお願いできるとありがたいです。
MP・SHAH病院は、タウンからミュージアムヒルをあがって、メイフェアホテル(ホリデーイン)に向かう道を行くと、メイフェアホテルまで行く前のランダバウト向かって右にある大きな病院です。(近くにガソリンスタンドがあるので、わからなくなったらガソリンスタンドできいていただけるとすぐにわかると思います。)
受付で献血をしたいと行っていたくと献血の場所をおしえてもらえます。用紙に記入して、JUMA HAMISI KATEMBE 用だと記載してください。
どうかよろしくお願いいたします。

早川千晶 携帯電話 0722-718291
大西匡哉 携帯電話 0723-596563
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# by keep_music | 2006-07-24 00:52 | 経過報告
近況報告 2006年7月9日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
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カテンベが入院しました。
7月6日の夜中に具合が悪くなり、息が苦しい、体がむくんで痛い、などの症状と、高熱を発しました。血圧も急激に上がり、朝いちで腎臓センターに行き透析をしました。すると、透析をしている最中にも吐き、苦しんだあと、一時落ち着いたかと思ったら、今度は血圧が急激に下がり始め、体が冷たくなりました。そのあとショック状態のようになり、目を見開いたままで意識が遠のきました。それであわてて緊急入院となったのです。
入院したあと、だいぶ状態は落ち着きましたのでとりあえずの心配はありません。
どんなかんじだったのか、カテンベに詳しく話を聞いてみましたところ、夜に苦しかったときは心臓がバクバクとして破裂しそうだった。そのあと透析をはじめてからは、心臓がとても冷たくなり、体中も冷たくなって、これは一体なんなのだろうと思っているうちに意識が遠のいていったそうです。
入院して、心臓のスキャンを取りました。お医者さんからの詳しい話はまだ聞かせてもらっていません。
ここのところ、カテンベは気力が充実していて、顔やしゃべりかたにも生気がみなぎっているようなかんじでした。ワールドカップを楽しんで見ていましたので、それに励まされて、自分も動きたいと体がむずむずしていたようで、階段の上り下りなどをゆっくりゆっくりですが張り切って練習していたところでした。カテンベは見違えるように元気になったね、と、まわりの人々も喜んでいました。
ところが今回のことで、カテンベは気力だけで持っていたのではないか、と思わされました。血液検査をしてみたら、数値は決して良くなく、ヘモグロビンの数値も下がっていました。本当は体はしんどかったのではないかと思います。それにしても、こんな状態でもカテンベの気力と、生命力の強さには本当に驚かされます。
透析はカテンベの体にとても負担をかけているように思えます。とにかく一刻も早く手術をしたほうがいいのでは、とみんなで話し合っています。
今は主治医からの判断を待っているところですが、場合によっては早くインドに行けるように手配を早めようと思っています。
入院して翌日の昨日は、カテンベはすっかりけろっとしていて、いろいろと面白おかしく話を聞かせてくれました。ワールドカップの決勝は病院のベッドの上で見ることになりそうです。
本当は体の状態が悪かったのに、ここのところ気力が充実していたのは、皆さんからの励ましやお祈りのおかげに違いない、と思っています。生命力というのは、はかりしれない力ですね。数値や計算では考えられないような力を持っているのだとつくづく実感しました。どうかこれからも見守ってください。よろしくお願いします。
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# by keep_music | 2006-07-11 12:32 | 経過報告
近況報告2006年7月2日
早川千晶

カテンベ腎臓移植基金の設立にあたって
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左からカテンベ、ジョン、ジョージ、ママアドリ、ジャネット

今日は日曜日。カテンベの家に、マシモニ・ユース・グループの面々が歌を歌いにきてくれました。
カテンベが大好きなマシモニ・ユース・グループ。カテンベはCDで彼らの歌を聞いていて、お気に入りの曲もあります。(大西匡哉制作のCD,TWENDE NYUMBANIキベラスラムの歌声Vol.1にも彼らは参加しています。)
今日はなんと、彼らが歌でカテンベを励ますために、カテンベのためだけのライブをカテンベの家でやろう!ということになったのでした。
マシモニ・ユース・グループはキベラスラムの若者たちが集まり、リーダーのジョンが3年前に結成したゴスペルグループです。ジョンは夜勤の警備員の仕事をしていますが、夕方6時から朝6時までの仕事があけると、ちょっとだけ仮眠をとってから午前10時にはマゴソスクールに来ます。ボランティアで子供たちに音楽指導をしたり、洋裁教室で練習したりしてから、また夜勤の仕事に出かけていきます。警備員の仕事は月給8千円でとても薄給なのですが、その収入で彼は引き取った孤児の子供たち3人と自分の子供、そして奥さんと共に暮らしています。
グループメンバーは13人。そのほとんどが、無職のスラム住民たちです。働きたくても仕事がありません。スラムの若者たちは、がんばって苦学しても、学校を卒業してからあとに就職先がないことが、大きなストレスになっています。未来に希望を持てず、自暴自棄になってしまう若者も多く、犯罪に走る種になってしまいます。そこでジョンは、そんな若者たちを集めて音楽グループを作りました。ジョンは貧しい農村の出身者ですが、小さいときから歌が好きで、小学校6年生のときから作曲をはじめました。いつも頭の中で音楽が鳴り響いているのだそうです。マシモニ・ユース・グループは歌を歌うことで、がんばって生きていこうよ!という想いを伝えたり、エイズは怖い病気だという情報を伝えるなどの活動をしています。スラムのあちこちでこれらの歌を歌うだけでなく、地方の村々にも巡業します。彼らの素晴らしいハーモニーと、魂の奥底からあふれてくるメッセージを乗せた歌は人々の心を打ち、今では、遠くウガンダまで彼らの歌が歌い継がれていっています。
さて、大好きなマシモニ・ユース・グループが自分だけのために歌いにきてくれた!と、カテンベは大喜び。ひそかにママとメジラ(妹)も大喜びでした。だってカテンベは透析への往復以外はほとんど家から外に出ることができません。いつも一家で家の中に閉じこもっていなければならないので煮詰まるときもあるけど、ラジオやCDを聞くことが一番の楽しみなのです。何度も何度も繰り返し聞いていたマシモニ・ユースの歌。それを今日は、目の前でナマで聞けるのである!

狭い家が人だらけになるほどのお客さん。マシモニ・ユース・グループ10人と、子供たち4人が来てくれました。そして、歌がはじまりました。

スワヒリ語の歌やルオ語の歌です。カテンベはルオ語がわかりませんが、意味がわからなくてもスピリットが伝わってきます。キベラプラザのアパート中に、彼らの歌声が響き渡りました。力強い歌声、そしてソウルフルなハーモニーです。近所の人々も、なんだ、なんだとのぞきにきました。部屋の中は、彼らの歌声につつまれました。部屋の中をぐるぐるとハーモニーが渦を巻き、私も頭の中がぐるぐる巻きになりました。
彼らはなんと、2時間も休みなく歌い続けました。カテンベも一緒に歌いました。
台所では、ママとメジラが踊りながらチャパティを焼いていました。
歌い終わってから、カテンベに励ましの言葉をかけてくれました。
「カテンベは病気で苦しんでいるけど、ひとりじゃないよ。心はみんな一緒にいるからね。」
カテンベは、うん、うんとうなずいて、とても嬉しそうでした。
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ママは台所でチャパティを焼きながら歌を口ずさむ。おしりふりふり。

現在、キベラの歌声のCD第二弾を制作しているところです。レコーディングは昨年の11月から今年の2月で行い、それから匡哉がずっと編集作業をしています。マゴソスクールの子供たちとマシモニ・ユース・グループのコラボレーションのCDですが、ここに、カテンベの歌を含めたらどうかというアイディアが匡哉からあがってきました。カテンベはまだもう少し元気だった頃に、地元のモスクで評判の歌い手でした。かつてはたくさんの人々の前で歌い、その歌声が人々の胸を打ち、賞賛を受けていたということです。おじいちゃん、おばあちゃんたちがカテンベの歌を聴いて涙を流しながら賞賛していたのだそうです。

匡哉と私は、このキベラCD第二弾にカテンベの歌も加えて、利益の分配にカテンベ基金へのチャリティを含みたい、と考えましたが、これはマゴソスクールとマシモニユースグループに相談しなければならないと思いました。あくまで彼らの作品ですから、彼らがそれを承諾してくれるかどうか、7月1日にミーティングをして話し合いました。
すると、マシモニユースグループやマゴソ代表のリリアンがなんと言ったかというと、
「カテンベのことは緊急にお金が必要だ。私たちはそれを助けたいと思っても、助けるすべがない。だけどCDで協力できるなら、とても嬉しいことだ。私たちの印税すべてをカテンベにあげてくれ。」と、こんなふうに言い、みんな、そうだ、そうだと賛同しました。
惜しげもなくそんなふうに言う彼らに、私はとても驚いて、嬉しく思いましたが、CDを買ってくれる人たちはマゴソスクールやマシモニ・ユース・グループに対しても応援の気持ちを持ってくれているのだから、応援されているのはカテンベだけじゃないんだよ、と言いました。だから、カテンベだけじゃなくてマゴソもマシモニユースもCDから利益を得て向上していけるよう、みんなで分配するのがいいのでは、と提案しました。
話し合った結果、売り上げの10%をカテンベ基金へのチャリティとすることで決定となりました。マシモニ・ユースとマゴソスクールが自分たちの印税を削ってチャリティとして提供してくれることになりました。

CDのタイトルは、IENDE MBELE(前進)に決定。
9月15日リリースを目指してがんばっていますので楽しみにしていてください。
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マシモニユース、立ち上がって部屋の中を回りながら歌う。

マシモニユースとマゴソが歌うのは、キリスト教のゴスペル。カテンベが歌うのは、イスラム教の聖歌です。その中に、キベラの子供たちの多くの出身地であるビクトリア湖畔のわらべ歌や、ジョン作曲の歌も含まれています。
Vol.1のレコーディングの最中にはじめてマゴソにやってきた元ストリートキッドのトニーや、虐待を受けて逃げてきたアピヨ、母親が死んでから労働力として売られていたエミテワなどの歌声も含まれています。
トニーやアピヨは現在、カテンベの出身地のミリティーニ村で元気に暮らしています。キベラの子供たちとミリティーニ村の子供たちが一緒に暮らす家、「ジュンバ・ラ・ワトト」を作って7ヶ月になりました。宗教や言語が違っても、こうしてみんなで家族になれるし、お互いの人生を支えあうことができる、というのは、ほんとに素敵なことだなぁと実感しています。
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# by keep_music | 2006-07-04 14:35 | 経過報告
2006年6月30日付け会計報告
早川千晶

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皆さん、こんにちは。
6月末までの会計報告をまとめました。

説明

*透析が週2回に減らされてから少しして、調子が悪くなりましたのでまた週3回に戻りました。
様子を見ながら減らしたり増やしたり、というふうにしていくしかありません。

*透析は週3回になったものの、カテンベの気力じたいは充実しているのではないかと思います。
顔の表情やしゃべり方などは、以前よりも元気が出ているように思います。
先日は、「階段の上り下りをはじめたよ。練習なんだ。」と言っていました。
ゆっくりゆっくりですが、キベラプラザの階段を上ったり下りたりしているそうです。

*募金は本当に日本全国から集まってきていて、集計を見ると胸が打たれます。
たまたま入った喫茶店に、カテンベ募金箱が置いてあるのを見てびっくりした、というメールもいただきました。
心から感謝です。ありがとうございます。

これからもどうかよろしくお願いいたします。



会計報告(8)
2006年6月30日付け会計報告



募金目標金額
14,526,365円

募金合計金額(日本&ケニア合計)
US$100 + 4,319,273円+25,050ksh

6月29日までの支出合計
1,830,941円

現在の残金 US$100 + 2,488,332円+25,050ksh




●現在の募金状況(2006年6月30日現在)

日本で集まった募金合計
4,140,273円

ケニアで集まった募金合計
US$100 +179,0000円+25,050ksh

合計 US$100 + 4,319,273円+25,050ksh




募金状況:期間ごとの内訳

日本での募金
2006年2月20日~2月28日   
239,000円

2006年3月1日~3月7日
828,685円

2006年3月8日~3月18日    
316,490円

2006年3月19日~3月27日   
85,000円

2006年3月28日~4月5日   
494,700円

2006年4月6日~4月26日
688,891円

2007年4月27日~5月31日 
852,845円

2007年6月1日~6月9日  
87,824円

2007年6月10日~6月30日   
546,838円


ケニアでの募金

2006年2月20日~3月7日
7,000ksh + 30,000円

2006年4月12日
15,000円

2006年4月24日
1,500ksh

2006年4月30日
10,000円

2006年5月20日~25日
US$100 +6,550ksh + 124,000円

2006年6月27日
10,000ksh




これまでの支出

支出報告(7) (6月8日~6月30日)

1)透析費用 6月9,12,16,19,23,26,28日の7回
59,800ksh

2)交通費(透析往復)
3,740ksh

3)食費
10,215ksh

4)携帯電話プリペイドカード
1,200ksh

5)薬代
25,757ksh

6)キベラプラザセキュリティ(6月分)
160ksh

7)キベラプラザ家賃(6月分)
10,000ksh

8)メジラ(妹)幼稚園の遠足
250ksh

9)カテンベの家庭教師謝礼(6月分)
2,000ksh

合計 113,122ksh


支出報告(1) 429,493ksh
(÷0.60=715,822円)

支出報告(2)  79,072ksh
(÷0.60=131,787円)

支出報告(3)  57,423ksh
(÷0.58=99,005円)

支出報告(4)  43,256ksh
(÷0.58=74,579円)

支出報告(5) 71,727ksh
(÷0.58=123,667円)
支出報告(6) 108,612ksh
(÷0.58=187,262円)

支出報告(7) 176,193ksh
(÷0.58=303,781円)

支出報告(8) 113,122ksh
(÷0.58=195,038円)

支出累計 1,078898ksh (1,830,941円)
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# by keep_music | 2006-07-04 14:09 | 会計報告
近況報告 2006年6月24日
早川千晶

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写真、左から、カテンベ、家庭教師のオティエノ先生、妹のメジラ


お母さんが気を失って倒れてから3日たちました。ご心配かけてすみません。目を覚ましたら「いったい何だったのだろう」と本人もよくわからないみたいです。
たくさんのヒーラーの方々が遠隔ヒーリングを送ってくださいました。心から感謝です。ありがとうございます。
家族みんなで元気にがんばれますよう、これからもどうかよろしくお願いします。

さて、今日はオティエノ先生を紹介します。
カテンベは5年生から学校に行けなくなったけど、ナイロビで闘病生活をはじめてからしばらくして、近所に住む苦学生のオティエノ君が勉強を教えに来てくれるようになりました。
オティエノは私の友達・オニャンゴの弟です。
オニャンゴも苦学生でしたが、ナクルのエガトン大学の学生時代にキベラスラムのマゴソスクール(私の学校)にボランティアで教えにきてくれていました。
彼らのお父さん、お母さんは、病気で死んでしまい、それからあとはおじさんのババデニスが学費を払ってくれて、なんとか学校に行くことができました。
オニャンゴは、親を失ってとても苦労したけど、助けてくれる人がいた。だから自分も困っている子供たちを助けたいんだ。と言って、ボランティアをしていました。
マゴソスクールの子供たちが最初に音楽活動をはじめたのは、オニャンゴが指導してくれたおかげです。
今、弟のオティエノは、ババデニスの家で居候しながら専門学校に通っています。
ババデニスの家は、カテンベの家の下にあります。
キベラプラザというアパートで、カテンベの家は4階、ババデニスの家は3階です。
オティエノ先生はババデニスと2人暮らしなので、料理の担当です。テレビでサッカーの試合がある日は、サッカーを見てからごはんを作るので、食べるのは夜の12時を過ぎてしまう(笑)
男2人暮らしなので、仕方ないですね。
ババデニスの奥さんは、エイズで亡くなりました。エイズの闘病が10年くらい、とても大変でした。彼女、メリーは私の友達でした。とても苦しんで亡くなりました。そのころケニアではまだエイズの薬はとても高くて、一か月分が普通の人の月給の何倍もするような金額でした。
ひとり息子を残して死んだので、彼女はさぞかし、心残りだったと思います。息子のデニスは、今では高校生です。デニスは、学校が休みのときは、いつもマゴソスクールに入り浸っています。(ほとんど住み込んでいるくらいです。)
ババデニスやオティエノ先生はクリスチャンだし、カテンベ一家はイスラム教徒ですが、そういう宗教の違いは関係なく、とても仲良しです。一緒にごはんを食べるとき、みんなで一緒にキリスト教のお祈りをしたり、イスラム教のお祈りをしたりして、私や匡哉も「いただきま~す」と言ったりして、みんなで食べます。
さて、オティエノ先生が家庭教師をしてくれて、カテンベは勉強をがんばっています。学校に行けなくなってからだいぶ時間がたっているので、もう一度4年生からやり直しています。
オティエノ先生はすべての教科をとても丁寧に教えてくれます。
ちょうどケニアの公立小学校では中間試験が終わったところです。この中間試験の試験用紙を、マゴソスクールからカテンベにもわけることになりました。
さあ、来週は試験だよ、と言われて、カテンベは、「おおおお!!」という顔をしました。困ったような、嬉しいような、恥ずかしいような顔でした。
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# by keep_music | 2006-06-26 12:53 | 経過報告
近況報告 2006年6月21日
早川千晶

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写真中央がお母さんです。

昨日の夜、カテンベのお母さんが倒れて、一時意識を失いました。
夜中12時ごろ、トイレに立ったところで倒れたそうです。
突然のことで、子供たちはどうしていいかわからず、お母さんのそばで泣いていたそうです。
意識が戻るのに1時間ほどかかったとのこと。
今日になってその話を聞いて、びっくりしました。
数日前から頭が痛かったとのこと。
とりあえず血圧を測り、安静にして休んでもらうようにしました。
血圧は正常でした。
一体どうしたのだろうと匡哉と話し合いました。
カテンベが診てもらっているナイロビ腎臓センターのムウォンゲラ先生に、お母さんも検査をしてもらっています。
腎臓提供者であるお母さんの健康状態は、腎臓移植手術を行うための重要なポイントでもあります。
ムウォンゲラ先生の検査では、お母さんに十二指腸潰瘍があることがわかり、その治療をしています。
それ以外は正常だと、先生には言われていました。
十二指腸潰瘍は、ストレスが原因であることが多いと聞きました。
カテンベの闘病で慣れないナイロビ暮らしをしていること、村に残してきている小学生の娘のアミナのことが心配なこと、
今後のカテンベの手術が心配なことなどが、ストレスの原因になっているのではないかと思いました。
心配や不安があるけれど、それを口にすることができず、がまんしているのではないかと思います。
腎臓提供者である自分がしっかりしなければ、と、お母さんにはとても大きなプレッシャーがあるだろうと思います。
今回、意識を失って倒れたことも、ストレスが原因になって体調に異変をきたしたのかもしれない、と思います。
これからもっと詳しく検査をしていくことになりますが、お母さんの体調が心配です。
とりあえず、自然療法で調べた対策をおこなってみます。
ヒーラーの方々から、カテンベに遠隔ヒーリングをしてくださっているとメッセージをいただきました。
お母さんのためにも、ヒーリングパワーを送ってくださると、とてもありがたいです。
どうかよろしくお願いいたします。
お母さんの名前は、
Siri Mwaka Athumani Masai (シリ・ムワカ・アスマニ・マサイ)
生年月日は、1965年3月8日 です。

今日はお母さんは大丈夫だと言っているものの、心配です。
これからお母さんのことも注意していかなければと思います。
よろしくお願いいたします。

早川千晶
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# by keep_music | 2006-06-22 12:19 | 経過報告